ツーリング:2013/07/14:福島県富岡町・宮城県東松島市
自分の目で実態を見る
こちら(福島復興の今 国道399号線を行く ツーリング情報局-バイクブロス)(※2012年の記事だが)の文中の、地元の方の「実態を見てもらうのはとてもありがたいと思いますよ」というコメントを読んで、今夏は「被災地を中心に東北を廻る」方針に決定。
一昨年はそんな発想さえなかったし、去年も”物見遊山”な気分で行くのもアレだと思い、東北の太平洋側に行くのは控えていた。
もちろん、「ダークツーリズムが云々」と批判的な意見があるのは承知しているが、自分の目で何も見ないままでいるのも、何か違う気がするので。
国道6号線を北へ
というわけで、常磐道を北上して水戸北スマートICで降り、いつもどおりちょいと迷走した後、茨城から福島の浜通りへ、国道6号線をさらに北上する。
国道6号線は、「許可証がない車両は通行不可」の箇所があるのは知っていたが、行けるところまで行ってみようと、いわき市を通過してなおも先へ進む。
福島県と原発
途中、福島第二原発が見える。
オレはガキの頃は福島県に住んでいたが、といっても会津なので*1、正直、原発を意識したことはほとんどなかった。
学校の授業で採り上げられることや、話題にのぼることもなかったし、ニュース等で見た記憶もあまりない。
もちろん、「首都圏に電気を送るための原発がある」ことぐらいは知ってはいたけれど。
ヒトケの無い町
6号線は、富岡町の途中で通行止めになっていた。
6号線沿い。富岡駅の近く。
富岡町は「避難指示区域」に指定されているので、ほとんど”ヒトケ”がない。
住宅地はきれいな家がたくさん建ち並んでいるが、その静けさが、人が住んでいないことを示している。
道路は管理されていないためか、震災時に被害を受けてそのまま放置されているのか、ところどころに大きな穴が空いたままで、まともに走ることができない。
コンビニは商品が棚に並べられたまま、廃墟になっている。
ケータイ屋も、
手前のパチンコ屋も、奥の電器屋も、すべて廃墟。
こうしてみるとフツーの田舎町だが、人の気配は全くない。
ここに住んでいた人達は、まったく突然に、”日常”を奪われたのだ。
ただ、住民の方々だろうか、一般のクルマと、作業員を乗せた(?)大型バスと、警視庁やら埼玉県警やらのパトカーはやたらと通る。
異様な光景だった。
オレ程度の知識で批判できるほど、原発や電力の問題は簡単でないことはわかっているが、やはりこういう光景を見てしまうと、しごく単純に考えて「ひとたび事故が起きると長期に渡って環境に多大な影響を及ぼす」ものを使うべきではないと思う。
事故を”100%”防ぐことはできないのだから。
迂回路探し
富岡町からは先に進めないため、来た道を戻り迂回路を探したが、途中で面倒になり磐越道まで戻る。
磐越道のどこか適当なところで降りようと思ったが、また面倒になり、郡山JCTまで行って東北道を北上。
本当は相馬に行きたかったが、東北道から距離があるし、「どの道が通れてどの道が通れないのか」全く把握してこなかったため、急遽仙台方面に向かうことにする。
東北道から仙台南部道~仙台東部道、さらに三陸道へと乗り継ぎ、松島海岸ICで一般道へ。
松島海岸駅前は、「渋谷か?」って思うほど人でごった返していた(ま、渋谷は言い過ぎだが)。何はともあれ、人が集まるのはいいことだ。でもあれだけ人がいるところには、オレは行きたくない。
寂寞とした風景
打って変わって、東松島には、寂寞とした風景が広がっていた。
震災直後の写真を見ると、ここ(東部運動公園)には敷地を埋め尽くす程のクルマが置いてあったようだが、今は数台を残すだけになっていた。ただ、この数台だけでも、津波の、”水”の恐ろしさを感じるには充分だった。
日帰りツーリングゆえ
石巻まで足を伸ばそうと思ったが、明るいうちにたどり着くのは難しそうってことで、ここで撤収。
サラリーマンの日帰りツーリングはつらい。
ま、そもそも無計画なのが問題なんだが。
というわけで、鳴瀬奥松嶋ICからサクッと三陸道へ。
帰りの東北道は、ずっと小雨が降っていた。
- 走行距離=1035.8km
*1:新潟寄りの会津地方には原発はなく、すべて浜通り地方(太平洋側)にある