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続・まるで イタリア

ぐるなびお題「思い出のレストラン」
http://blog.hatena.ne.jp/-/campaign/gnavi201503

このお題って、ただ”思い出”ってだけじゃなくて、「現存するレストランでの思い出」って主旨なのね。ろくに主旨も理解せずに勢いで書いてしまいました、すみません。

と謝罪しつつも懲りずに、現在参考になる情報はほとんどない、前回の「昔の話」の続き。

以下の店がある場所にバブルの頃あった、イタリアンレストランのお話。

 

バイク駐車受難と親切なタバコ屋さん

同じビルの1階にあったエンポリオ・アルマーニに「店の前に駐めるな」と怒られ、一番下ッパの私には何のチカラもなかったので、やむなく隣の民家の塀の脇(路側帯部分)にバイクを駐めるようにした。

「住みたい街ランキングNo.1(笑)」吉祥寺の面目躍如で、現在この辺りは低層の商業ビルが建ち並んでいるが、当時はまだ民家が残っていたし、二輪は路駐でキップを切られることはなかった。

が、ある日帰ろうとしたら、「VFR400Z」のサイドカウルが外され*1、民家の庭先に遺棄されていた
路駐をココロヨく思っていない何者かが、外して放り投げたのだろう。
「ひでえことすんなあ」とは思ったが、こちらにも非があるし、シートを切られたりシフトペダルを折られたりするよりはマシであった(※この頃ではないが、どちらも実際にヤラれたことがある)。

やむなく今度は、さらに店を離れた路地の角のタバコ屋さんに断って、その脇に駐めさせてもらうようにした。タバコ屋さんは、毎日笑顔で駐めさせてくれたし(ま、路上であってタバコ屋さんの土地じゃないんだけど)、時には「たまに(バイクを)見とくからね」なんてありがたいことを言ってくれてた。

今、ストリートビューを確認すると、入れ替わりの激しい一大商業都市・吉祥寺にあって、 なんとそのタバコ屋さんは現存している*2

”いい人”の店は、残るモノなのだ。

赤の網かけが民家だった所(※オレ記憶)

 

来店した有名人と牧歌的な時代

「まるで イタリア」は、今ではそこら中にある「本格的なイタリアンをカジュアルな雰囲気で」というコンセプトのハシリで、店内(壁や床の一部・テーブル・イス)や皿等が”地中海ブルー”で統一され、オシャレ(笑)だったせいか?、吉祥寺という都心から遠く離れた場所柄にも関わらず、有名人も結構来店した。

・・・って言っても、今でも鮮明に覚えてるのは以下の二組だけだが。

  • 故・青島幸男さん御一家
  • マイク眞木さん・真木蔵人さん親子

青島幸男さんは、まだ都知事になる前。

真木蔵人さんはメディアに一番露出していた頃だったと思うが、ものすごくオトコマエで、ものすごく”頭のカタチ”が良くて驚いた。トイレに行くときに厨房の前を通ったんだが、その美しさに見とれてしまった。

今なら、「Twitterして店長に怒られる」みたいなシチュエーションなんだろうが、当時はポケベルさえ一般には普及していなかったので、ただ「厨房の奥でハシャぐ」だけの、”牧歌的”な時代だった。

そう考えると、通信インフラと携帯情報端末の進化は、他のモノと比較して突出しているなあ、と思う。

 

ラスト・クリスマス

「恋人との別れ」の話じゃなくて、「バブル景気・最後のクリスマスイブ」のお話。

私は次の年(1991年)のクリスマスにはもう飲食業を離れていたので、これが”最後の盛り上がり”かどうかは実際はわからないのだが、時代の空気としては1990年がピークだったんじゃないだろうか。

当時、世はまさにイタ飯ブーム+ティラミスブーム絶頂期。
とにかく、客の数がものすごかった。もちろん、全て若いカップル。

  • 制限時間2時間
  • 5交替(13・15・17・19・21時)*3
  • 全席総入替制

店は80席程あったと記憶しているが、全ての時間帯で全ての席が埋まった。

当然朝の仕込みから夜までずっと働き詰めで、一番下ッパの私は数々のタスクをこなさなければならず、テンパったあまり1日で3枚皿を割った(史上最高記録)。
1枚目は怒られたが、3枚目にはもう誰も何も言わなかった。

 

最後に、感謝している人達へ

キライなヤツもいっぱいいたが、大好きだった人達ももちろんいる。
スズキ店長、シェフのキタゾノさん、セカンドシェフのタカイシさん、バーテンのセキさん・・・

常に反抗的だった私に対して”上から抑えつけようとする”ヤツが多い中、これらの人達はいつもおおらかに、やさしく、私を諭し、導いてくれた。

もう連絡先もわからないし、二度とお目にかかることはないと思うので、この場を借りてお詫びとお礼を申し上げます。

当時はトラブルばかり起こし、ご迷惑をおかけして大変申し訳ありませんでした。
また、こんな私に本当にやさしく接していただき、ありがとうございました。

私は今でも、心から皆様に感謝しております。

(この稿おわり)

*1:VFR400R/Z(初期型)のサイドカウルはコインで簡単に外せる設計だった

*2:ストリートビューのタイムスタンプ=2014年3月

*3:記録が残っているワケではなく私の記憶によるものなので違っているかもしれません