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三島由起夫先生の遺作本の値段に驚き、三島事件当時の世相をふり返る(2)

歴史

タイトルを無理やり「続きもの」にしてみたが、タイトル前半分が昨日の内容で、後ろ半分が今日以降の内容。タイトルだけ見ると無理やりっぽいが、話は

  1. バラエティ番組を見たら三島先生の遺作本が高額で取引されていた
  2. たまたまおふくろさんの遺品にその遺作本があった
  3. 遺品の本は三島事件後の発行だったので、おふくろさんはニワカファンだったと判明した
  4. 三島事件の直後は、おふくろさんのような日本人がたくさんいた

と、キレイにつながっているのである。

 

"昭和45年11月25日"

ここでは、センセーショナルな「三島事件」の詳細は割愛する。上の見出しの日付を”引用符付き”で検索しても大量の記事がヒットするので、わざわざこのブログで書く必要もないだろう。

よって、関連書籍と(連日で恐縮だが)「おふくろさんの遺品シリーズ」から、当時の世相をふり返ってみる。ちなみに私は当時3歳なので、当然何の記憶も無い。

「昭和45年11月25日」という、その日付をそのままタイトルにした書籍がある。

昭和45年11月25日―三島由紀夫自決、日本が受けた衝撃 (幻冬舎新書)

昭和45年11月25日―三島由紀夫自決、日本が受けた衝撃 (幻冬舎新書)

 

昭和45年11月25日、三島事件のその日その時、有名人あるいは当時は無名でも後に有名になる人たちが「何をしていて、事件にどう関わったのか」のみをひたすら描く(つまり事件そのものにはほとんど触れない)、ちょっと変わった内容である。

例えば、こんな感じで。

 

自衛隊市ヶ谷駐屯地の総監室のバルコニーに経つ三島の姿を目撃したという、当時十六歳だった女性がいる。その日、彼女は偶然、市ヶ谷にいたのだ。 〔中略〕

少女は、後に夫となるミュージシャンが風都市*1に「雀の涙ほどの月給」をもらいに行くのについて行ったらしい。

彼女は、二〇〇四年の松本との対談でこう回想している。

《ドアを出ると、自衛隊のバルコニーが見えるのよね。そこに五~六人がいて、ノイズが聞こえてきて・・・・・。》 〔中略〕

この十六歳の少女は、前年に十五歳で作詞家としてデビューしており、翌年には作曲家としてもデビューする。そして、この少女がシンガーソングライターとしてデビューするのは一九七二年だ。荒井由実、という。

-「昭和45年11月25日―三島由紀夫自決、日本が受けた衝撃」 中川右介

私はアルバムを(フルコンプリートではないが)10枚近く所有するほどのユーミン好きなので、数多の登場人物のエピソードの中で、これが一番記憶に残った(笑)。なぜ「カッコ笑い」かというと、ぜんぜんたいしたエピソードじゃないから。「たまたま現場を目にした」ってだけだから。

でも、「ジャンルは違えど歴史に確実に名を残す二人の超天才が、片方の最期の時に一瞬でも空間をともにした」というエピソードは、飲み屋での話のネタ程度には使えると思う。

 

新鮮なミシマ像と処世訓と

この書籍のAmazonのレビューに「(この本をいくら読んでも)『新しい三島由紀夫』は見えてこない」 という批評があった(ちなみにこのレビュー自体はとてもおもしろい)。

確かに、この書籍から「三島由紀夫という人そのもの」の新しい解釈は導かれない。でも、「当時の人々が三島由紀夫という人をどう見ていたか」という、「私が今まで知らなかったミシマ像」は、この書籍によって数多く知ることができた。また、数多の人々のエピソードから当時の世相をも垣間見ることができた。

それは著者の中川右介氏が三島事件に関する膨大な資料を精査・検証した上で、「読み物」として精緻にまとめ上げた成果であると思う。

そしてさらに、事件をとおして「処世訓」もふんだんに織り込まれている。

 

《われわれは身も心も震撼されるような大事件に見舞われることがある。そしてそのため、もう夜は二度と明けないのではないかと思うことさえあるが、しかしどんな激動の事件のあとでも、やはりふだんと変わりなく太陽は東の空にあがる。
それはわれわれの激情を嘲笑するように、何事もなかったような顔をしている。
しかしわれわれが生きていく以上、こうした生のアイロニーを知らなければならない
いまだに私は三島さんの死は信じられないが、もしそれが事実だとしても、どうか、こうした生のアイロニーのことを考えて、いたずらに極端な考えに走らず、生の現実について考えていただきたい。》

-「昭和45年11月25日―三島由紀夫自決、日本が受けた衝撃」 中川右介

これは事件当時、大学の助教授だった作家・辻邦生氏が教室で学生達に語ったとされる内容である。

私も若い頃、(すべて自分の責任だが)「もう夜は二度と明けないのではないかと思う」出来事が何度かあったが、そんなことにはお構いなく世の中は勝手に動き、時は流れてきた。

そして、今こうして無いアタマをシボリながら必死コイてブログを書いても、いっこうにアクセス数は伸びず、虚しさばかりが募っていく。これもまた、まさに「生のアイロニー」である(※フザケているわけではありません)。

(つづく)

 

いつの間にか寝てしまって「おふくろさんの遺品シリーズ」をスキャンする気力と体力がなくなってしまったので、明日また続きを書きます。すみません。

 

*1:「はっぴいえんど」が所属していた事務所の名前