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オートバイに乗り続けるために(1)

川崎市周辺は、本日土曜日は雨。

GWに乗って以来、一度もオートバイに跨がることなく、はや2ヶ月。「今週末こそは近場でもいいから乗ろう」と思っていたが、水曜からずっと天気がグズついていて、さらに土日とも思いっきりの雨予報に早々にあきらめ、金曜の夜は結局いつもどおりに飲んだくれていた。

5月・6月と、天気がいい週末でさえ乗らなかったのだから、雨の日に乗るワケがない。

 

オートバイ ≒ 修行?

私の場合、「オートバイに乗る」ということは”修行”の一面もあるので、最近のように仕事が忙しくて精神的に疲れ切っていると、乗る気が起きないようだ。

天気がいい日に、キレイな景色を眺めながらオートバイに乗るのは本当に楽しい。

でも、雨に濡れながら走るのは、楽しくない。視界も悪くなるし、滑りやすくなるから気疲れも多くなる。また、夜の高速道路は退屈極まりないし、渋滞などしようものなら(というか週末の首都圏は、どの高速道路の上り線もほぼ渋滞しているが)、苦痛でしかない。

雨の夜、高速道路を延々と走り続けた今年のGWの帰路は、まさに”修行”だった。 

人間、ツラい思い出も後でふり返ると「ああ、あの時は大変だったなあ」なんて笑えることもあるワケだが、この時のことは2ヶ月後の今思い出しても全然笑えない。「無事故・無違反・無立ちゴケで走りきった」という達成感はあるけれど。

というわけで、このままオートバイから遠ざかったりすることのないよう、「過去に自分はどのようにオートバイと関わってきたか」を整理しておきたい(以下、個人的な思い出話のみで有益な情報等は一切ありませんので、あしからず)。

 

若い頃、オートバイを降りるまで

私は22歳になる直前に、必要に迫られて二輪の免許を取った。オートバイに興味があったわけではまったくないし、オートバイのことなど何も知らなかった。最初に買った「ホンダ VFR400Z」も、「近所のバイク屋に置いてあった400ccクラスで一番安かったから」という理由に過ぎない。

当時は主に「移動手段」として乗っており、ツーリングに行くことはほとんどなかった。なので、仕事を変え、会社が変わり、勤務地が変わり、毎晩のように酒を飲むようになり・・・と自身の状況が変わるうちに、オートバイに乗ることはまったくなくなってしまった。

当時乗っていたマシン=馴染みのバイク屋で16万円(笑)で買った「ヤマハ RZ250R」が全然好きじゃなかった、ということもあったと思う。

そのRZ250Rを「0円」で売った?のが27歳頃で、売った時点で既に1年近くまったく乗っていなかったので、若い頃オートバイに乗ったのは、実質4年ほどだったことになる。

 

おっさん、リターンライダーになる (2006年9月)

2006年9月、あまりに仕事がヒマで定時に帰る日々が続いたため、ふと「ひさしぶりにオートバイにでも乗るかなぁ」と思い立った。私は既に30代最後の年齢になっていた。

当時はビッグスクーターに興味があったので、同僚のバイク乗りに「スクーターってどう思う?」って聞いたら、一言「ださいっスね」と言われたので・・・

自分の興味をあっさり翻して、コレ▼を買った。「スズキ ブルバード400」。f:id:ToshUeno:20060918153153j:plain
コレ▲は東京・上野にある「太洋モータース*1」で買ったのだが、なんせオートバイには約13年間も乗っていなかったので、さすがに上野から川崎まで乗って帰ってくるガッツはなく、自宅まで持ってきてもらった。

納車後、おそるおそる近所をぐるっと廻ったのだが、意外に乗れることに驚いた。「カラダは覚えているもんだねえ・・・」と。

そして今残っている写真を見ると、たいしたところには行っていない。茅ヶ崎とか、横須賀とか、現在の感覚からすれば「近場」と言えるような所ばかり。それでも、ずいぶん久しぶりに乗るオートバイは、楽しかった。

このオートバイの問題点は、「遅いこと」。信号ダッシュ(笑)では250ccのスクーターにも勝てなかった。125ccとどっこいどっこいぐらい。上記リンクのホームページを見ると

 

優雅な弧を描く曲線と、圧倒的な存在感

パフォーマンス・クルーザー ブルバード400

- ブルバード400|スズキ バイク

とあるが、このコピーを考えた人は「パフォーマンス」の意味、わかってんのかな?

どうにもその「遅さ」に耐えきれず、わずか3ヶ月ちょっと乗っただけで売却(買換)してしまった。

 

おっさん、大型二輪免許を取る (2006年12月)

相変わらず仕事はヒマだったし、「ブルバード400」のクソ遅さに辟易していたので、2006年12月、当時はまだ世田谷区上野毛にあった「東急自動車学校」に大型二輪の免許を取りに行った。

会社帰りにスーツで教習受けたこともあったなあ・・・上述のとおり長いブランクがあって、リターンしてからは約3ヶ月、もちろん通勤時には乗ってないのでそれほど長い時間/距離を乗ったワケじゃないのに、教習所で”苦労”した記憶はなく、免許はすんなり取れた。

おそらく、昔さんざん”練習”したからかもしれない。

ここで時間を戻して1990年代前半頃の話

私が若い頃は現在の「大型二輪」免許は教習所では取れず、試験場での一発試験でしか取れなかった。いわゆる「限定解除」ってヤツね。

この「限定解除」がしたくて、まずはいきなり試験場でチャレンジしたのだが、根っからの「アガリ症」よろしく、最初の「一本橋」で落ちて(もちろん即試験中止)開始数秒で試験が終わることが2、3回あっただろうか・・・(苦笑)*2

「こりゃオレには無理だ」と悟り、「練習場」に通った。当時は教習所で免許が取れない代わりに、「大型二輪練習場*3」なるものがあったのだ。府中試験場の近くや、練馬にもあったかな?
自己練習だけじゃなくて、インストラクターがマンツーマンで教えてくれるコースもあった。

どのぐらい通ったかは全く覚えていないが、そこでの練習はすごくタメになった。「一本橋」や「波状路」のコツ、「急制動」で気をつけるべきこと、何より「『安全確認』がもっとも重要であること」等々・・・
タンデムシートに乗せられて、思いっきりバンクしながらスラロームのやり方を教わった時のことは、今でもよく覚えている。すげえ怖かったから。

練習の甲斐あって、試験場では「完走」できるようにはなったが、でもやっぱり合格はできなかった。「アガっちゃってダメなんスよ」と馴染みのバイク屋の岸波さんに相談したら「『救心』飲むと心拍数が落ちて落ち着くよ」と聞いて、実際に試験直前に「救心」を飲んだこともあった(期待したほどの効果はなかったけど(笑))。

そのうち仕事が変わって平日休みが取りにくくなってしまったこともあり、結局「限定解除」はできないまま、オートバイを降りてしまった。

努力は必ず報われる?

だから、教習所ですんなり何の苦労もなく大型二輪免許が取れたときは(もちろんうれしかったけど)少し複雑だった。「あの昔の”苦労”は何だったんだ・・・」と。

でも後になって考えれば、あの練習はムダではなかったのだ。あの「恐怖の2ケツスラローム」があったから、フツーに会社に行きながらでも、長年のブランクがあっても、「基本料金」だけで大型二輪免許が取れたのだと、そう思うことにした。

(つづく)

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*1:いま検索したら店舗縮小しちゃったみたいね・・・土井さんヤメちゃっただろうなあ

*2:当時の府中試験場の二輪試験コースには、スタートしてすぐに「一本橋」があった

*3:そんな名前だったかどうかは覚えていないが、まあそんな感じ