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「Honda Collection Hall」に行ってきた:二輪市販車篇(2):戦後復興期

「Honda Collection Hall」の展示車のほぼすべてを写真に収めてきたので、どうせなら全部ブログに載せようと思っていたのだが、現在のペースで全部載せようとすると半年ぐらいはこのネタを書き続けるハメになりそうなので、今回から私の独断と偏見により厳選したオートバイのみを掲載する。



 

戦後復興期を支えた技術:カブ号F型 (1952)

歴史的な機械

戦後の復興期において、「実用自転車+補助エンジン」は重要な移動手段だったそうだ。現代の感覚からすれば、(自転車は自転車のまま乗った方がいいのでは?)と思わなくもないのだが、そんな考えは、移動手段に何ら不自由しない現代人の傲りというものなのだろう。
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日本機械学会」という仰々しい名前の社団法人が開設している「機械遺産」というサイトでは、

 

本製品は、当時の流通網を大きく変革させ、大量生産の工業製品としての二輪車の市場を大きく拡大するきっかけとなり、以降の小型二輪車の原点となった歴史的な機械といえる。

機械遺産:カブ号F型(ホンダ自転車用補助エンジン)

と、たかがチャリンコ用のこんな小さなエンジンに最大級の賛辞を与えている。「歴史的な機械」って(笑)。でも専門家にそう言われると、何だかものスゴい機械に見えてくるから不思議だ・・・というか、ワレながら単純だ。

ちなみに実用自転車はホンダとは何の関係もなく、後輪上部に付いている「白くて丸いタンク」と、同下部 *1 に付いている「赤いエンジン」、そしてチェーンやスプロケット等の周辺パーツのみがホンダの製品である。f:id:ToshUeno:20160212134423j:plain

(左側にばかり部品を集中させてバランス的に問題ないのだろうか?)と不安になるが、エンジン重量はわずか 6kg(!)で、タンク容量はどのサイトにも明記されててないので不明だが、見た感じでは2リッターぐらいしか入らなそうなので、満タンにしても5kgもないだろう。となると合わせて約10kgぐらいで、エンジンはご覧のとおり下部 *2 に付いていて低重心だろうから、極端に左寄りに傾くということはないのだろう。

ホンダ躍進のきっかけを作った小さなエンジン

展示車の横に添えられていた透明のプレートに、次のような解説があった。


本田宗一郎氏の右腕であった藤澤武夫氏のアイデアで、全国55,000軒の自転車屋に「ホンダの考え方」と「カブ号F型の魅力」を紹介したダイレクトメールを発送して、取扱店になることを提案した。

その結果、全国から応募が殺到し、15,000軒もの自転車屋がホンダの販売網に加わったのである。

- Honda Collection Hall「白いタンクに赤いエンジン“カブ号F型”」を元に筆者が編集

チマタには、デカデカと「HONDA」の看板を掲げている自転車屋があって(自転車屋なのにナンでホンダ?)と思ったりするが、それはこの時の名残なのだ。

他にも、藁で編んだ「むしろ(!)」を使っていた梱包方法をダンボール箱に変更したり、日劇ダンシングチームを使ったプロモーションを行ったり (▼写真左側) と、
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似たような製品を製造・販売していた他社との差別化を図ったそうだ。

それらの甲斐もあって、こんな小さなエンジンがホンダ躍進のきっかけを作ったのだった。
なるほど・・・またひとつ、勉強になった。

 

壁のパネル写真にときめく

「Honda Collection Hall」は、オートバイそのものに負けず劣らず、壁のところどころに設置されていたパネル写真にも秀逸なものが多かった。

例えば▼こちら。「人を喜ばせたい」というシンプルなメッセージも心に響く。f:id:ToshUeno:20160212134231j:plain
ただ、その下にある「自転車に乗れれば、お母さん大丈夫だよ」というセリフ (※写真要拡大) が、誰が誰に対して言った言葉なのか、いまいちわからなかった。

  1. 「自転車にさえ乗れれば、買い出しには不自由しないから心配しなくても大丈夫だよ」
    と言う意味で、奥さんが本田宗一郎氏に言った
  2. 「自転車に乗れれば、この補助エンジン付きのヤツにも乗ることができるよ」
    という意味で、本田宗一郎氏が奥さんに言った

現場では1.の意味だと読み取ったのだが、いま読み返すと2.の意味だろう。だいいち、奥さんが旦那に対して自分のことを「お母さん」とは言わないだろうし・・・日本語って難しい。

▼こちらは「カブ号F型」のイメージ写真。
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よく見ると前カゴがスキマだらけで、(こりゃ入れるモノが限られるなあ)なんて心配してしまうが、この自転車も当時としてはオシャレチャリンコだったのだろう。

この写真を始めとして、多くは当時の広告用宣材を活用していたようだが、宣材のセンスがもともと良いのだろう。どの写真も各時代の雰囲気を実に良く捉えていて、主役であるオートバイの、格好の「引き立て役」になっていた。

 

初の本格的二輪車は「失敗は成功のもと」

ホンダ ドリームD型 (1949)

「Honda Collection Hall」の1950年代のオートバイを並べた一角でも、その赤いボディはヒト際目立っていた。 
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特徴のあるこのフレームは、鋼板をプレスした「チャンネルフレーム」というもので、「工程の合理化」や「個体の均質化」を求めた本田宗一郎氏の信念に基づく工法によって造られたそうだ。f:id:ToshUeno:20160212134505j:plain

その話は、ホンダの2代目社長である河島喜好氏の証言をまとめた以下▼のコラムに詳しい。

www.honda.co.jp

このコラムはとてもおもしろいが、特にクラッチに関する話が興味深い。この「ドリームD型」には、

 

クラッチ操作を必要としない、チェンジペダル操作だけで変速できる2速トランスミッション

- Honda Collection Hall「初の本格二輪車“ドリームD型”」より 

が装備されていた。 

 

D型のクラッチ操作は簡単だ。シフトペダルを左足のツマ先で前に踏み込めば、1速に入る。足を離せばニュートラルに戻り、ペダルをカカトで後ろに踏めば2速に入る。コーンクラッチ機構による半自動的なクラッチシステムを持つ、日本最初の2輪車だった。

- 語り継ぎたいこと - 本格的2輪車・ドリームD型登場 

「クラッチ操作が不要」はいいんだけど、「足を離したらニュートラルに戻っちゃう」んじゃダメでしょ(笑)。結局、そんな片手落ちの快適装備が災いして売上がガタ落ちし、ホンダ最初の経営難の要因になったそうだ。

現代なら考えられないレベルの見切り発車の商品だったワケだが、この「クラッチレス」への挑戦が、前述の「プレス加工」と相まってスーパーカブの「商品力の高さ」へと繋がるのだから、ホンダのチャレンジングスピリットってのは本当におもしろい。

 

ヤマハへの敬意とHY戦争への反省

ヤマハ 125 YA-1 (1955)

「YA-1」は、ヤマハ初の量産車である。いかにも華奢でシンプル極まりないマシンだが、「マルーン×アイボリー」という、ヤマハ伝統のカラーリングは今見ても美しい。 f:id:ToshUeno:20160212134647j:plain
ただ、知っている人は知っていると思うが *3、このオートバイはDKW *4 というドイツのメーカーのパクリ商品に過ぎない。そんなパクリ商品を、「オリジナルであること」を何よりも是とするホンダが展示しているのは、「ヤマハ」というオートバイメーカーへの敬意の表れだと思った。 

なぜなら、「ホンダの商品を展示する」のが主旨である「Honda Collection Hall」に、この「YA-1」を始めとして、ヤマハのオートバイが全5台も展示されていたからである *5

「ヤマハ パッソル」が展示されている理由

  1. ヤマハ 125 YA-1
  2. ヤマハ ジョグ
  3. ヤマハ スポーツ RZ250
  4. ヤマハ トレール 250 DT-1
  5. ヤマハ パッソル

名車のホマレ高い「RZ250」や「DT-1」は至極ナットクなのだが、ザ・チープ原チャリスクーターの元祖「パッソル *6」が展示されていたのには笑ってしまった。

▼もちろん、「『ロードパル』といっしょに」である。
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▲奥の(ホンダなのに)ライムグリーンの原チャリが「ロードパル」
二輪業界衰退の遠因にもなった「HY戦争」の、キッカケをつくった2台を並べた展示方法には、「あんな愚かなことは、もう二度と繰り返すまい」という自戒の念が込められているのだろう・・・

・・・というのは、私の勝手な妄想である。

(つづく)

 

*1:カブだけに

*2:カブだけに

*3:私は「Honda Collection Hall」でこのマシンに添えられている説明書きを見て初めて知った

*4:DKWは「アウディ」の母体となったブランドである

*5:ちなみにスズキ、カワサキのオートバイは各1台ずつ展示されていた

*6:featuring Kaoru Yachigusa