墓参りツーリング2019~ゼストと天皇制とオートバイ(後篇)
後篇ではちゃんと、「墓参りツーリング2019」の様子を書きます。
ただ前篇にも書いたとおり、ネタはほとんどないのですが。
リニューアルオープンした「COOP-BESTAばんげ店」のヨモヤマ
北から西へ
特におもしろいネタもなく、たいしていい写真も撮れなかったので道中の出来事はバッサリと端折って、いきなり会津坂下町内に至る。
今回のツーリングでの最大の楽しみは、2018年8月にリニューアルオープンした「COOP-BESTAばんげ店」に行くことであった。去年の墓参りツーリングで訪れた時は、絶賛新築工事中だったのだ。
誤っていることも多々ある私の記憶によれば、この場所にプレハブに毛の生えたような建物で「ばんげ生協」がオープンしたのは、1978年頃だったと思う。今は亡き母にくっついて(もちろん“おねだり”をするためにだが)よく買い物に来たものだ。
一時期は店内の一角にこぢんまりとしたレストランがあって、中学・高校の頃はそこの「バターラーメン *1」が好きで、ひとりで食べに来たりもしていた。
開店当初からずっと、出入り口は北側(国道49号側)を向いていたのだが、リニューアル店舗ではなんと西向きに変わっていた。下の写真▼じゃ方角なんてわからないが、リニューアル後に初めて訪れる誰もが、まずそこに驚くはずだ。
なぜ変えたのだろう。北向きだと縁起が悪いとか、そういう風水的な判断だろうか・・・
いや、まあおそらくは、駐車場に面している方を出入り口にしたのだろう。全国どこに行っても、スーパーマーケットはだいたいそういう設計になっているものだ。
ばんげ生協よ、永遠なれ
去年の8月にオープンしたばかりということで、店内はものすごくキレイだった。
水産物コーナーでは、 いわき産のノドグロとカマスが売られていた。すばらしい。日本人も韓国人も、みなさん、Fukushimaの魚を食べましょう。
会津坂下町にお住まいなのであろう老若男女が、日曜午後の店内を楽しげにウロつくのを横目で見ながら、
(どうかずっと、ばんげ生協 *2 に来続けてください)
そう願っていた。買い物客が減って、もしここがツブれてしまったら、供花を調達するところがなくなってしまうからだ。
しょせん墓に供える花を買うだけとはいえ、ガキの頃からよく知っている店が何十年も営業を続け、さらにこうして新しく生まれ変わったサマを目の当たりにして、嬉しさと切なさが同時にこみ上げてきた。こんなにキレイになった店舗を見れば、きっと母も喜んだことだろう。
そしてその感情は、自分自身の来し方への後悔と重なる。さりとて、墓に布団は着せられない。ばんげ生協で毎年買う供花は、親不孝者のせめてもの償いでもある。
お支払いはご自分でお願いします
ちょいちょい変わって年に一度の来訪者を戸惑わせるお会計システムは、店舗そのものがリニューアルしたということで、また変わっていた。商品をレジに通すのは店員さんがやってくれるのだが、支払いは以前のような「セルフ方式」に戻っていたのだ。
供花を手際よく処理したレジのおばちゃんが、「お支払いは現金ですか?」と聞いてきた。
―― はい。
(どうせ現金しか使えないんでしょ)と思い込んでいたので条件反射でそう答えたのだが、今思えば、もしそうならそんな問いかけはしてこないだろう。相変わらず頭の回転がニブい。
「そちらでお支払いをお願いします」
―― ・・・
わざと不安げにキョドってみたら、間髪入れない「ご案内します」というやさしい口調とともに、親切丁寧な説明が始まった。
4年前 (2015年) のこのブログによると、当時は
- 「商品をレジに通す」のは店員さんがやってくれて
- 「支払」のみ客が自分で行う
タイプのセルフレジ方式なのだが、去年もやったハズなのに“操作”を忘れてしまって、また店員さんの世話になってしまった。
って操作をどうも忘れてしまう。
- 店員さんから受け取ったバーコード付きレシートを
- 支払端末の右端にあるセンサーにかざすべし
- 会津墓参りツーリング・2015春:2015/04/26(3) - 遠くへ、もっと遠くへ
こんな、何ともシチめんどくさいシステムだったようだが(例によって、まったく記憶にはない)、イノベーションの波はこんな田舎にも及んでいて、「バーコードを読み取らせる」というクソめんどうな手順は省略されていた。
客は、10インチはあろうかというデカめのディスプレイに表示された金額を確認して、「現金」か「クレジットカード」かを選択すれば良い(この選択ボタンがまたデカい!)。
―― あ、カード使えるんですか、じゃあカードで。
「では、こちらをタッチしてください」
まあそれぐらいはわかるが、「はい」と元気よく返事をして、画面をタッチする。
「こちらの面を向こう側に向けて、ここに通してください」
支払マシンの右側には、カードの磁気ストライプを通すためのタテミゾが切られていた。
(なんかここだけ古くせえな)とは思ったが、セルフ式のガソリンスタンドによくある、カードをマシンの中に“吸い込む”方式よりも、この方が確実に故障は少ないだろう。
今さらながら慣れた感じを気取ってサッとミゾにカードを通すと、瞬時に会計は終わった。
このテの会計システムは、少しでも人手を減らしたい田舎ならではのものだろう。決して「都会」とは呼べないが、戸塚とその周辺では見たことがない。私のように勝手がわからないヨソ者が来ると、説明のために却って時間を取られてしまって本末転倒だとは思うが。
運悪く私に選ばれてしまった白井さん、やさしく親切に教えてくださってありがとうございました。
来年は、ちゃんとひとりでできると思います。
墓参り
虚しい読者クイズ
いつものようにタンクバッグに供花をツッコんで菩提寺に向かい、お約束のサイドビューを写真に収める。
供花以外で、一昨年(去年はクルマで来たので)と違うところが2箇所あります。それはどこでしょう?
【ヒント】1つは、購入した翌週にニューモデルが発表されて、相変わらずの自分の情弱さと間の悪さを思い知らされたモノです・・・
と、誰と交流しているワケでもないマイナーブログでクイズを出題する、その虚しさを噛みしめる。そもそも上の▲写真では、“正解”が正面を向いていてよくわからなかった。
開けたお酒は必ず持ち帰るようにしましょう
(さて、まずは枯れきった供花の写真を撮るか・・・んん?)
線香を置く台 (香炉?) に、何やら見慣れない物体が置かれている。
(なんだポン酒か・・・)
すっかり色褪せていて写真ではわかりにくいが、今や「唐橋ユミさんの実家」として全国的にも知名度の高い(?)「ほまれ酒造」謹製の、「蔵の花」という紙パック入りが2つ置かれていた。
「こんなの置いてくなよタコ・・・」
そう独り言ちながら持ち上げると、しっかり中味が入っていて、ブッ差してあったストローからそれが少しこぼれて指にかかった。
「うぅわっ」
ガキの頃、近所の子供会(笑)で廃品回収をした時、ポン酒の一升瓶の中味が腐っていて強烈な悪臭を放っていたことを一瞬にして思い出した。
「ったく、っざけんなよ・・・」
幸いなことに(?)腐ってはおらず、フツーにポン酒のニオイがした。
きっと自分でも少し呑んで、「墓の中に眠る故人と酒を酌み交わす(笑)」という行為で悼んだ気にでもなったのだろう。その相手は、医者に「酒やめないと死ぬぞ」と言われてもやめなかった、酒好きの中の酒好き、キング・オブ・アルコーラー、平たく言うと「アル中」の父であったに違いない。
アホか。テメエの気が済んだら、持って帰れよ。置いていくなよバカ。花は枯れ果てていくけど、こんなのただのゴミだろ(特にプラ製のストローは)。
腐ったお酒は嫌な臭いを放ちます。 マナーやモラルの面からも、開けたお酒は必ず持ち帰るようにしましょう。
そもそも父の酒好きは、責められるべきであって褒められることはイッコもない。
若い頃は母とケンカしてガラスの灰皿を投げ付けるほど酒グセが悪かったし、年老いてからは医者の警告を無視して肝硬変を発症し、あげく脳梗塞になって意識を失いながらも暴れて四肢をベッドに縛り付けられ、10カ月間も意識を失ったまま、最後は骨と皮だけになって死んでいった。そういう経緯を知っていて、そこに何か感じるモノがあれば、とても墓に酒を供える気にはならないはずだ。
私の知る限り、今やこの墓を訪れる人間は10人もいないだろう。その中で、こんなことをするヤカラは・・・あのヒトしかいねえな・・・。ま、直接文句は言えねえわ・・・。
じゃあ、やれよ自分で
オートバイなので少し悩んだが、ゴミを放置していくのも忍びないのでポン酒が入ったままの紙パックを足でツブして、供花を入れてもらったポリ袋に入れて持ち帰った。
もう二度と、こんなモン置いていくんじゃねえぞ。
それにしても、墓石が汚い。雑草も伸び放題だ。このすぐ近くに住む墓守には、どうやらメンテナンスをする意志はないようだ。
まあ文句を言ったところで、「じゃあ、やれよ自分で!」と、「ブラックペアン」の渡海征司郎ばりに罵倒されるのがオチである。それにしても、あの手術シーンは本当におもしろい。もうかれこれ10回以上は繰り返し観ていると思う。それでも見飽きない。二宮和也は、ホント天才だよ。
閑話休題。とにかく誰かが、この墓をキレイにしなければいけない。誰かって、私しかいないじゃないか。近々、「墓“掃除”ツーリング」を実行に移す予定である。ここにこう書けば、行かざるを得なくなる。
夕陽はあきらめた
抗いがたい背中の痛み
私が主催する「会津墓参りツーリング」のアジェンダには、「日本海沿岸を流して帰る」までが組み込まれている。それをスッ飛ばすことは、ナンピトにも許されない。と言っても、参加メンバーは私ひとりなのだが。
でも今回は、新潟に向かう道すがら、磐越道でUターンしようと何度も思った。翌日が通常の出勤日だったし、会津坂下町を後にしてからというもの、背中が痛くてしょうがなかったからだ。
午前7時10分に拙宅を出てから、トイレと給油とばんげ生協と墓参り以外は休憩ナシで走り続け、国道49号で新潟に入る頃には、合計乗車時間は6時間を超えていただろうか。
もうじきヨワイ52、カウルもシールドもないオートバイでのロングツーリングも、そろそろ限界なのかも知れない。
1年ぶりの日本海、でも堪能はできず
背中の痛みに耐えながら、17時を過ぎる頃、なんとか日本海に抜けた。今回は磐越道は使わなかったが、迷っている時間がもったいないのでナビに新潟市内まで道案内してもらった。
もう何度も書いているが去年は3月に墓参りツーリングに行っただけで、それ以降はどこにも遠出しなかったので、こうして日本海を眺めるのは約1年2カ月ぶりである。
日本海を眺めると、不思議と落ち着くのはなぜだろう。
拙宅から20分も走れば、いわゆる「湘南の海」に行くことはできるのだが、そこではまったく感じない懐かしさが日本海にはある。会津という陰鬱な土地で培われた負け犬根性が、“裏”日本が醸し出す暗澹とした色調の海にしっくりくるのだろう。
湘南の海は、何もかも明るすぎるのだ。
そんな日本海を右手に眺めながら、のんびりと流す。まあ本当は、後方のクルマにアオられないように、いちいちミラーを気にしながら流す。それでも、この幸福感はナニモノにも代えがたい。
例年は「水平線に陽が沈むのを確かめる」ところまでがアジェンダなのだが、この日 (2019年5月12日) の日の入りは「18時44分」。それから帰路に着いたのでは、拙宅にたどり着く頃には日付が変わってしまうだろう。私は出勤日は午前5時20分に起床するので、せめて23時までには帰りたい。
寺泊海水浴場の砂浜を子犬のように走り回る不思議な女をしばらく眺めた後で、M109Rを泣く泣く左に傾けた。
墓参りツーリング2019まとめ
5月なのに電熱ウエア
道路状況も天候も概ね予想どおりだったが、予想に反していたのは「寒さ」だ。
拙宅からほど近い横浜新道で既に(なんかサミいな・・・)と感じていた。時節的に違和感ありまクリマクリスティのボア付きフードはさすがに外したが、RSタイチ謹製「タンドラ ウインターパーカ」を着用していたにもかかわらずだ。
それでも、ガマンにガマンを重ねて走り続けたが、拙宅から100km弱・1時間半ほど走った蓮田SAで、耐えきれずに(まさか使うことはねえと思うけど、念のため持っていくか)と思ってシートバッグに押し込んだ電熱ウエアと電熱グローブを装着した。
これはいったいどういうことだろう。かみさん全面協力によるグルテンフリー・ダイエットの効果もあって、今や標準体重を大幅に下回るスリム体型の私ではあるが、いくらなんでもこれはおかしい。
「加齢 寒さ」で検索すると、すぐにナットクの答えが見つかった。
Q.加齢と共に冷えを感じやすくなるのはなぜ?
A.毛細血管の数が減り血流が滞るからです毛細血管は加齢と共に血管そのものの数が減ることが、近年の研究から分かっています。〔中略〕
加齢により冷える原因には、毛細血管の数が減っていくことや、筋肉量が減って熱を産生できなくなることなどが関係しているのです。
そして、私だけかもしれないが、「毛細血管」と聞いてすぐに連想するのはチ○ポである。
勃起には健康な血管を保つことが重要です。
なるほど・・・だから最近、チ○ポの勃ちもワリいのか・・・。
どうしたら毛細血管をより多く保つことができるのでしょうか?
答えは簡単。加齢に肥満や生活習慣病が加われば毛細血管の受けるダメージはそれだけ大きくなります。肥満や生活習慣病の改善、予防がなにより有効なのです。
うーん・・・ぜんぜん肥満ではないし、断酒してハヤ3年弱、特に生活習慣病ってワケでもないんだけど・・・。「答えは簡単」とかテキトーなこと言ってるけど、人間のカラダってそんな単純なもんじゃねえだろ・・・。
あ、出典は「夕刊フジ」だった。ハナからマジメに読むような記事じゃなかったわ。
走行ログ
- 走行距離=817km
- 走行時間=12時間38分 *3
- 平均燃費=20.77km/L
(この項おわり)