文藝春秋9月特別号「特集 8・12日航ジャンボ機墜落」を読んで

かみさんが、とある手記を読みたいと言うので、Amazon Kindleストアで「文藝春秋 2015年9月特別号」を買った。

文藝春秋 2015年 09 月号 [雑誌]

文藝春秋 2015年 09 月号 [雑誌]

 

Amazon Kindleについて

今日日、大概の雑誌は思いついたときに自宅に居ながらにして、すぐに読むことができる。ものすごく今さらだが、本当に便利な世の中だ。

そして、Amazon Kindleが他の数多ある雑誌サービスより優れている点は、「取扱点数の多さ」と「マルチデバイス対応」であること。PC、iPad、iPhone、Android、そしてKindle Paperwhite。アカウントひとつで、一度購入した雑誌がさまざまな端末ですぐに読むことができる。

そういう意味では、Fujisan.co.jpも雑誌数や対応デバイスでKindleに近いが、FujisanReaderが相変わらずクソなので(未だ改善されない「ページをめくるたびに表示が数秒間ぼやける現象」は本当にイラつく)、私は評価しない。 

 

川上千春さんの手記

川上千春さんは、1985年8月12日に墜落した日航ジャンボ機の、わずか4人の生存者のうちのひとりである川上慶子さんのお兄さんである。その手記が、冒頭の雑誌に掲載されている。

短い手記だが、事故前後の川上家の状況が細かく書かれていて、とても興味深かった。

さらに、高校一年生の時、事故の描写を交えながら、その事故で亡くなったお母さんを想う詩を書いたこと(その詩も掲載されている。もちろん私は号泣してしまった)。そして、その詩を書いた後、喪失感に苛まれて引きこもりになってしまったことまでが赤裸々に綴ってあって、「この人の心はどういう動きをしていったのだろう」と、非常に考えさせられた。

私の知る限りでは、川上千春さんはこれまでメディアに姿を見せることはなかったと思うが、今年の8月12日に放送されたTBSの特番にも出演されていたので、事故30年目ということで「遺族として語らなければならないことがある」と一大決心されたのだろう。

手記の最後には、事故で亡くなったご両親と幼かった妹さんに向けた手紙が添えられていて、それでまた私は号泣してしまったのである。 

 

突然家族を失うということ、それを受け入れること

それにしても、突然の事故で家族を失うとは、どういうことなのだろうか。そして、生きている限りは、いつか必ずそれを受け入れなければいけないのだから、いかにしてそれを受け入れたのだろうか。よもや「時間が解決する」なんて、そんな簡単なことではないだろう。

川上千春さんの手記の後に、柳田邦男氏の「遺族とJAL 語り継ぐ御巣鷹山の記憶」というコラムで、「JALと遺族の方々が事故とどのように向き合ってきたか」が詳しく語られている。その中でとても印象に残った一節を引用する。

 

私もこの手記*1を読んだ。そこから惻々*2と伝わってきたのは、決して消えることのない悲しみを秘めつつも、「今生きている佇まいの静けさ」とでも言おうか。

遺族たちの怒りや絶望は測り知れないほど大きかったに違いないのだが、なぜ今、こんなにもしなやかに日々を過ごし、他者を受け入れることができるのか。その転機は何だったのか。

- 「遺族とJAL 語り継ぐ御巣鷹山の記憶」文藝春秋 2015年9月特別号

「佇まいの静けさ」「しなやかに日々を過ごし」・・・これほどまで端的に、遺族の様子を的確に伝える表現もないだろう。

 

「1985年8月12日」という夏の日を想う

まだ記憶に新しい「3.11」、だいぶ遠い日の出来事になってきた「1.17」など、例え当事者じゃなくとも、災害や事故の強烈な記憶とともに、誰もが「その時、自分は何をしていたのか」を思い出す日がいくつかある。

その中で「8.12」が他の日と違うのは、それが「真夏であった」ということだ。私は当時高校3年生で、すっかり受験モードに切り替わった周囲と、それに完全に取り残された自分自身に焦りつつも、どうしていいかわからずにダラダラと生きていた。その当時の「夏の記憶」と、田舎に対する「郷愁」と、その後の自分の人生の「迷走ぶり」とが相まって、あの事故の記憶を鮮明にさせる。

しょせん私は、ほとんどの日本人と同じく、ひとりの「傍観者」に過ぎないけれど、無念な思いを抱きつつ亡くなっていった人達と、その無念を代わりに引き受けながらずっと生きてきて、そしてこれからも生きていくご家族の方々の思いを少しでも想像して、あの事故のことは決して忘れまいと、静かに心に誓うのである。

 

*1:茜雲 日航機御巣鷹山墜落事故遺族の30年

*2:かわいそうに思うさま。あわれみ悲しむさま。