「ディスカバー・ジャパン」と「モーレツからビューティフルへ」

富士ゼロックス取締役会長などを歴任された小林陽太郎氏がお亡くなりになったことを受けて、2015年9月9日の日経新聞朝刊「春秋」は、氏が関わった「モーレツからビューティフルへ」の広告キャンペーンと、それを企画した藤岡和賀夫氏のもうひとつの仕事「ディスカバー・ジャパン」を採り上げていた。

 

ディスカバー・ジャパン

 

藤岡氏は、派手な名所よりも、何気ない街の風景や普通の人々を前面に出した国鉄の広告「ディスカバージャパン」でも指揮を執り、今に至る女性たちの旅の形を作った。

- 2015/9/9付 日本経済新聞 朝刊「春秋」

「ディスカバー・ジャパン」とは、1970年、乗客減少対策のために旧国鉄が始めた、一大イメージ・キャンペーンである。ガキの頃しょっちゅうCMを見た記憶があるし、田舎の小さな会津坂下駅にも広告が貼られていた。「そう言えばそんな広告あったなあ」と、懐かしく思い出した。

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画像出典:東北歴史博物館 TOHOKU HISTORY MUSEUM

当時は「国鉄なのに、なんで英語なんだよヽ(`Д´)ノ」なんて声もあったそうだが、「派手な名所よりも、何気ない街の風景や普通の人々を前面に」というのは私のツーリング・コンセプトとモロかぶりなので(ま、単に人混みがキライなだけなんだけど)、非常に共感するところである。

名もない道の、美しい自然を眺めながらのんびり走る。f:id:ToshUeno:20150501121138j:plain

自分が知らない土地の、人々の暮らしを肌で感じながら走る。
▼小さくて見えないと思うが、亀が横断歩道を渡っていた*1(2012年7月、富山県魚津市)f:id:ToshUeno:20120716182118j:plain

そういうツーリングが一番好きだ。

そろそろ、また遠くに行きたくなってきた。
だからお天道様、もういい加減、そのお顔をお見せください。

 

モーレツからビューティフルへ 

 

「21世紀になりモーレツからビューティフルへというメッセージは、より意味を持っているのではないか」。10年ほど前、本紙の記事で小林氏はそう語っている。

- 2015/9/9付日本経済新聞 朝刊「春秋」

「春秋」はこの一文で締めくくられているのだが、正直に言って意味がわからなかった。「いまさら『モーレツ』でもないだろう」と。

記事のスペース的に小林氏の真意をすべて解説することはできないだろうが、読者に問いかけるにしても、もう少しヒントを書いてくれないと私のようなアホにはピンと来ない。

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そもそも「モーレツ」はともかく、なんで「ビューティフル」って表現なのかよくわからないし(藤岡氏はよほど英語がお好きだったようだ)、辞書サイトで「beautiful」を確認しても、「ああ、これのことか」って意味は見当たらない。

強いて言えば、このあたりだろうか。

 

3 (道徳的・知的に)りっぱな,見上げた
a beautiful character
りっぱな人格
beautiful patience
見上げた忍耐

- beautifulの意味 - 英和辞書 - 英語辞書 - goo辞書

「beautiful patience=見上げた忍耐」うーん、すてきな表現だ。

さらに何かヒントを探そうと「モーレツからビューティフルへ」でググったら、当代きっての評論家・浅田彰氏が、ちゃんと解説してくれていた。

 

「美しい国づくり」を目指すという首相以下、体制側の扇動者たちは、2020年オリンピックを大衆の眼前にニンジンのようにぶらさげて再び「モーレツ」な前進衝動を煽ろうとし、それに乗って2027年開業予定のリニア中央新幹線をごく一部でも先に開通させたいとさえ考えている。「ビューティフル」な日本はますます遠いと言わざるを得ない。

- REALKYOTO ー ふたたび「モーレツからビューティフルへ」?—東京ステーションギャラリーの冒険

「モーレツからビューティフルへ」とは、「『猪突猛進・行け行けドンドン』ばかりじゃなく、世界から尊敬される国になりましょう」 ってことなんだろう。

10年前の小林氏の憂慮も虚しく、浅田氏が嘆いているように、ただでさえムダなオリンピックに、さらにムダを上乗せして世界に恥を晒す。

「ビューティフル・ジャパン」は、 空虚なお題目として、これからも広告キャンペーンの世界の中でのみ語り続けられるのだろう。

 

*1:ちょうどセンターライン上に亀がいる。この対向車の若いカップルは、信号が変わった後も亀が渡り終えるまで待っていた。