泥酔譚2016年春:歌舞伎町のルールにひれ伏した夜
2016年5月27日(金)は、会社のイベントで新宿に行った。新宿駅南口に「都会で手軽にバーベキュー」的な店があって、そこで行われたイベントである。
バーベキューのいったい何がうれしいのか
会費は1人4,000円弱だったのだが、それだけの金額を出せば、今日日いくらでもおいしい居酒屋やレストランがあるはずなのに、なぜわざわざ屋外の砂埃が舞っている空間で、シロートが“素焼き”しただけの肉や野菜を食いたがるのか、まったく理解に苦しむ。ま、アウトドアというものに何某かの幻想を抱いている「もやしっ子(死語)」達が、自分たちのプアな経験と想像力に基づいて立てた企画なのだろう。
「そういった類のイベントには参加しない」という鉄のポリシー(笑)を持っていた私だが、仕事でちょっとした迷惑をかけたイベント主催者に誘われたこともあって、あろうことかそのポリシーを曲げてしまった。ずいぶんと柔らかい鉄である。
それがすべての始まりであった。そう、また“やっちまった”のである。
新宿で泥酔と言えば・・・
イベント自体は、予想どおりこれっぽっちもおもしろくなかった。それは元々わかっていたことなので別に良い。今後は何があっても、ポリシーを曲げなければいいだけのことだ。「鉄」を「チタン」にでも変えてみよう。「チタンのポリシー」・・・ワケわかんねえか(笑)。
「バーベキュー屋」の片隅には「ドリンク供給スタンド」みたいな掘っ建て小屋があって、酒はそこまでわざわざ受け取りにいかなければならない *1 のだが、4回ほど行っただろうか。
アウトドアよろしく、安いプラスチックのコップにナミナミと注がれた各種ハイボール4杯は、齢アラフィフ、アルコール耐性のすっかり衰えた心身を泥酔させるにはじゅうぶんであった。
頃合いをみて会場を抜け出し、泥酔して新宿の街を行く。たどり着く先は、そう、歌舞伎町であった・・・。
サイフの中を見るのがコワイ
歌舞伎町での出来事は、品行方正な方々が主たるユーザである「はてなブログ」の公序良俗に反するので割愛する。“正気”に戻った頃にはすっかり夜も明けていて、自宅までのタクシー代は17,000円もかかった。さすが、新宿歌舞伎町から横浜市戸塚区は遠い。
恐る恐るサイフの中を見ると、うろ覚えのカード明細が2枚も入っていた *2。
極論を言えば、まあ金はいい。またコツコツと働いて、チマチマと稼いでいけば、やがて時間が忘れさせてくれるからだ。
過去には、泥酔したあげくに、端正なフェイスに一生残る傷を負ったりしたこともある私である。それに比べれば全然マシである・・・いや、慰めでも何でも無く、その時の絶望的な気持ちに比べれば、たかが *3 XX万円が一夜にしてなくなったことなんて、本当に“屁”みたいなもんなのだ。
繁華街のルール
店の人間たちは、泥酔して鼻の下を伸ばすだらしないオヤジを「格好の“カモ”が来た」と思っていたことだろう。そりゃ法外な金額もフッかけてくるさ。
ただ、サイフに入っていたカード明細に明記された請求金額を見て、「完全なるボッタクリ」とは言い切れないギリギリの金額で落としている辺りが(ウマいなぁ・・・)と、妙な感心をしてしまった。
とは言え、彼等のやり方は決してホメられたものではないが・・・少しだけ具体的に書くと、「カード払いの場合は、20%の手数料がかかります」という、クレージーなシステムのことだ。
ご存知のとおり、カード払いの手数料を顧客に請求するのは明らかな「加盟店規約違反」である。
私も過去に数々の“アングラ(死語)”な店で支払をした経験があり、そういった店でカードで支払おうとすると、大概手数料を請求されたが、どこも上限は「10%」で、「20%」というのは初耳であった。ほんの少しだけ、酔いが醒めた(・・・気がしただけで、実際にはこれっぽっちも醒めていない)。
こういうとき、「規約違反だろ!オレは払わねえぞ!」とムダな抵抗をする人を何人も見てきたが、私は決して“悪態”はつかず、素直に“システム”に従う。
なぜなら、繁華街には繁華街の“ルール”があるからだ。
無駄金を払うのがイヤなら、そんな場所には近づかなければいいだけの話である。それができない私のようなダメ人間は、そのルールに従うしかないのである。
後悔のなくなる日
前回の記事で
結局、5月は無為に過ごしてしまったけれど、10月が終わるまで残りあと5カ月、今年は何回旅に出られるだろう。
すべては、私の「強い意志」と「日々の過ごし方」にかかっている。
と書いた。肉体的にはもちろん、精神的にも経済的にも余裕がないと、オートバイによる長旅には出かけられないからだ。
ところが、自分を律するどころか、またいつもの悪癖によってトンでもない無駄金を遣ったことで、ツーリングの資金も枯渇させてしまった。
ただ、すべての落ち度は私にある。またひとつ、後悔の“タネ”をアタマに植え付けてしまった。いいトシぶっこいて、いったい何をやっているんだろう?
私のアタマからその“タネ”がなくなる日は、はたしてこの先訪れるのだろうか。