秋田なまはげツーリング2016:3日目 (後篇)

またしても長くなってしまったツーリング記録「秋田なまはげツーリング2016」の連載も、ようやく最終回。それにしてもこう悪天候が続くと、ツーリングのときの青空ばかりの写真が、遠い日のことのように思えてくる。

toshueno.hatenablog.com



 

濤安の乙女

漢字が読めない(恥)

秋田県道154号を左に逸れ、名も無い海沿いの道をのんびり流しているとき、白く美しい彫像が目に入った。当然M109Rを路肩に停めて、何の像なのか確かめる。
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(これは・・・なんて書いてあるんだ?)
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「の乙女」は読み取れるが、冒頭の2文字・・・ふりがなは辛うじて「とあ」と読めるが、草書体の漢字がまったくわからない。

横に設置されていたジオパークの案内板を見る。(当たり前だが) きちんと楷書体で彫像のタイトルが書いてあった。
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(うわ、これ見てもわかんねえわ(笑)・・・ああ、松濤の「濤」か。でも・・・「濤安」ってどういう意味だ?)

いまこれを書いていて、"濤安"で検索しても、この像に関する記事しかヒットしない。辞書サイトでも「一致する情報は見つかりません」となる。しかたなく1文字ずつ調べてみると、「濤」は「大きくうねる波」という意味だそうだ。「安」はそのまんま「安らかにする」って意味だろうから、

  • 濤安=大波を鎮める

とでもなるだろうか。

kotobank.jp

「濤安の乙女」が意味するもの

ジオパークの案内板をよくよく読むと、思わず涙が出そうになってしまった。
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  その日、海面は前日から引き続いて鏡のような穏やかさを見せておりました。海のはるか遠方にみえる男鹿半島、その先端付近にあたる海岸には、遠足に出向いていた小学生たちが楽しんでおりました。

丁度昼、0時18秒、突然地震が発生したのです。もしや、と思った人たちもいたようですが、ほとんどの人々は大津波が来襲するとは全く考えていなかったようです。〔中略〕

被害は甚大であり、物的被害はもとより多くの方々が尊い命を落とされました。中でも能代港湾建設に従事していた方々のうち35名、男鹿半島海岸に遠足にきていた児童のうち13名が犠牲になったことは忘れてはならない事でありましょう。

八峰町では津波で犠牲になった方々の供養と日本海中部地震による被害を後世まで伝えることを祈念して「濤安の乙女」像を建立しました。

- 八峰白神ジオパーク「濤安の乙女」~日本海中部地震と津波~

楽しみにしていたであろう遠足の地で犠牲になった子供たちの気持ちを想像して、いたたまれなくなってしまったのだ。

Wikipediaの「日本海中部地震」によると、犠牲になったのは北秋田郡(旧)合川町 (現・北秋田市) の小学生だそうだ。旧合川町を地図で見ると、秋田県の内陸側にある。犠牲になった子供たちはきっと、頻繁には行けなかったであろう海への、しかも景勝地・男鹿半島への遠足を、とても楽しみにしていたはずだ。私も会津という、この国有数の「海から遠く離れた土地」に生まれ育ったのでよくわかる。内陸側で暮らす子供にとって、海とは「憧れ」なのだ。待ち望み、恋い焦がれた海への遠足で命を落とす。なんと切ない話だろうか。

ジオパークの案内板の解説によれば、この「濤安の乙女」像は、その男鹿半島の方を向いているそうだ。
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この像には、犠牲者への鎮魂の祈りとともに、「波よ、どうか穏やかに」という意味が込められているのだろう。

無愛想じいさん、ただただ海を見つめる

ところで、ジオパークの「男鹿半島を向いている」という解説を見て、それを写真に収めようと像の後ろに回り込んだわけだが *1、そしたら台座の影にじいさんがチョコンと座っていて、ものスゴく驚いた (そのじいさんは、上の写真の右端にまるで亡霊のように見切れている)。

 私「おおぉびっくりしたぁ! こ、こんちは」

 じ「(一瞬こちらを振り返るが) ・・・ (すぐに正面に向き直る)」

私としては精一杯愛想よく挨拶したつもりだったのだが、じいさんにはフルシカトされてしまった。無愛想なじいさんだったが、ま、何か悲しい出来事でもあって、海に慰めてもらっていたのだろう。センチメンタルな時間をジャマしてすみませんでした。

「日本海中部地震」の記憶

ひとつ愕然としたのは、「『日本海中部地震』という地震がいつどこで起きたのか、まったく記憶していなかった」ということだ。

発生は1983年5月26日。私はまだ会津にいて、高校1年生であった。当時はオートバイにも乗れず、遠くに行けるほどの電車賃もなく、狭い会津だけが「世界のすべて」だった。だから同じ東北で起きた地震でさえ「どこか遠い場所の出来事」だったのだろうが、それにしても一片の記憶さえ残っていなかったことには我ながら驚いた。

この国では、毎年のように大きな災害が起きる。その犠牲者はすべて数字のみで語られ、数字だけが残され、災害の記憶は次々と上書きされていく。その一方で、犠牲になった人達の関係者だけが、悲しみを抱えながら生きている。男鹿半島で犠牲になった子供たちにも、親がいて兄弟がいて親友がいて、その人たちは30年以上が過ぎた今でも、その子のことを悼み続けているだろう。

今回、たまたま通りかかって「濤安の乙女」像を見たことで、ほんの一片ではあるが、その悲しい記憶に触れることができた。この想いを忘れることは決してないはずだ。この偶然は、今回の無計画なツーリングに何某かの意味をもたらしてくれたのだ。

旅の最後に、本当にいいものを見ることができた。

秋田県北部にもキャンプ場はある!

ちなみに、「濤安の乙女」の場所はここ▼。
ところで、この記事を書くに当たって初めて地図を見ていたら、すぐ近くに「御所の台オートキャンプ場」なるキャンプ場があることに気づいた。なんだよ・・・。ま、ここは「フリーサイト・1泊1テント=1,000円」なので、ビンボーキャンパー御用達サイト「はちの巣」に掲載されていないのは当然か。

もうひとつのキャンプお役立ちサイト▼には、ちゃんと掲載されていた。

去年のゴールデンウィーク以来のお泊りツーリングだったので、このサイトの存在を完全に忘れていた。

前々回、「秋田県北部にはキャンプ場がない!」なんて書いたが、まああれだけ海岸線に沿って道路が延びている、自然あふれる地域なんだから、そりゃ1つぐらいはあるよねえ。

お詫びして訂正いたします。

 

「楽で退屈な道」に戻るか、「悪路・難所」を行くか

「赤石渓流線通行止め」で、いま来た道を引き返す

秋田県の海岸沿いを走り続け、とうとう青森県に入った。
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今回のツーリングの目標=「秋田県の海岸線を制覇する」も達成したので、あとは帰るだけである。

右折して青森県の内陸側に入ろうとする・・・が、右折する道がない。[→ ○○]という案内標識がまったくないのだ。

国道101号をしばらく走り続け、ようやく[→ 十二湖]という標識を見つけて迷わず右折したが、有料の駐車場に行き着いただけで、その先は行き止まりだった (いま地図を見ると、私がUターンした場所から細く道が延びているが、現地では気づかなかった)。

国道101号に戻って、さらに北上を続ける。[→ 白神ライン]という標識があった。今度こそ、内陸側に抜けられそうだ・・・

・・・なんと、通行止め。f:id:ToshUeno:20160904104811j:plain

これ以上北上を続けたら、ほぼ津軽半島に行き着いてしまうことは、ナビのざっくりとした地図でもわかった。そして津軽半島から横浜まで帰るガッツは、この日の私にはなかった。

急速に「ロングツアラー魂」を消失した私は、おとなしくUターンして、いま来たばかりの道を南下した。(何やってんだオレ・・・)と独りごちながら。

通行止めは神の啓示だったのか

通行止めだった青森県道28号を改めて地図で見ると、かなりのグネグネ山道であることがわかる。

しかも、Wikipediaの「青森県道28号岩崎西目屋弘前線」 の項には、「悪路」「難所」という、重量級クルーザーにはまったく似合わない言葉が並ぶ。どおりでGoogleマップの「ルート検索」で、「青森県道28号入口」と内陸の地点を単純に結んでも、30km以上も距離が長い海岸沿いの道を推奨してくるわけだ (※上に貼り付けたルート検索結果では、青森県道28号上に経由地を2箇所設定してある)。

グネグネ道は全然ウエルカムだが、延々と続くダートだけはカンベンだ。クソ重くてムダにリアタイヤがブットいM109Rでは、まともに走れないからだ。

同じ道を通って帰るのはオモシロくも何ともなかったが、ある意味、通行止めで良かったのかもしれない。

 

auショップ能代でムダな買い物をする

どうせ能代市内に戻るなら、行きたい場所があった。「auショップ 能代」だ。
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アホなことに、出発前日に入念に充電したモバイルバッテリーを忘れてしまったため、スマホ (Samsung Galaxy S7 edge) のバッテリー残量が30%台まで減っていたからだ。帰路でも写真を撮りまくるつもりなので、30%台では心許ない。

1日目の夜、「飛くずれキャンプ場」のテント内でモバイルバッテリーがないことに気づいて、翌朝コンビニで大枚3,000円も払ってモバイルバッテリーを買ったのだが、なんとカケラも充電されていなかった。まったく意味ナシ。バッテリーって、充電して売るのがフツーじゃねえのかなあ・・・。そんなすぐに役に立たねえもん売るなよ。

さらに「男鹿総合観光案内所」でスマホをうっかり落として、保護ガラス (※シートではない) をバキバキに割ってしまった。もちろんディスプレイが見られないことはなかったのだが、平日に買いに行くのもめんどくさい。

というわけで、「ちゃんと充電されているモバイルバッテリー」「Galaxy S7 edge専用保護ガラス」の2つが揃っているのは、田舎ではauショップなのかな、と思ったのだ。
f:id:ToshUeno:20160904120150j:plainそしてauショップ能代で、期待どおり両方ゲットすることができた。できたのだが・・・

保護ガラスがバカ高いことは知っていたが、モバイルバッテリーも高過ぎ。合計で、ほぼ15,000円。秋田県内なら、ビジネスホテルに2泊してもオツリが来るだろう。宿泊費を浮かすためにテント泊にした分が、完全に相殺されてしまった。

しかも結局帰路では、いつもどおりトイレと給油以外ではロクに休憩もせずに一気に帰ったため、たいして写真も撮らなかった。おそらく充電しなくても、拙宅に帰るまでじゅうぶんバッテリーは持っただろう (※Galaxy S7 edgeのバッテリーは大容量である)。

相変わらず判断力が欠如した、ムダだらけの人生である。

 

「秋田美人」というバイアス

「秋田」と聞いて私が最初に連想するのは、「秋田美人」である。決して、「なまはげ」などではない。

ひと昔前・・・いや、3つくらい昔前なら「桜田淳子」、現代であれば「佐々木希」あたりが代表格だろうか。秋田県に約3日間滞在して女性と接するたび (まあ「接する」と言っても、コンビニやスーパーの店員とか、銭湯のおばちゃんとかなんだけど)、(やっぱちょっとキレイだな)と思ってしまう自分に、内心笑ってしまった。

完全にバイアスである。「秋田美人」というバイアス。

とりわけ、auショップ能代でずっと応対してくれた女性は、「秋田美人」というバイアスによって3割増しに見えたのは否定しないが、とても笑顔の素敵な、かわいらしい女性だった。auショップでの買い物自体は完全にムダだったが、行ってよかったと思った。auショップ能代から拙宅まで約700km、特に、退屈極まりない夜の高速道路での沈みがちな気分が、その女性の笑顔を思い出すことでいくらかは紛れたからだ。

私の場合、女にウツツを抜かすとロクなことがないので深入りは禁物だが、秋田のケータイ屋の店員さんでは、深入りしようもない。(ああ、あの人かわいかったなあ)と、まるで小学5年生のように夢想する程度でちょうどいいのだ。

カイショウのカケラもない、情けない人生ではあるが。
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  • 走行距離=903.3km (3日間合計 1793.3km)
  • 平均燃費=19.3km/L

(この項おわり)

 

*1:残念ながら、私のタッパ (176cm) では男鹿半島は見えなかった。写真の位置から踏み台なしに男鹿半島を望むためには、あと30cmは身長が必要だろう