そして、この国からオートバイは消えていく

(いささか旧聞に属する話になってしまったが) 2016年10月5日の日経新聞朝刊の1面を見て、ぶっタマゲた。

   ヤマハ発、ホンダから調達 国内向け50cc二輪

国内二輪車首位のホンダと2位のヤマハ発動機は二輪車の生産、開発で提携する。

2018年をめどに、日本で販売する排気量50ccスクーターをホンダからのOEM(相手先ブランドによる生産)調達に切り替える検討に入った。

- 2016年10月5日(水) 日本経済新聞 1面



 

「HY戦争」はいまいずこ

上記記事の骨子は以下のとおり。

  • 国内の二輪車市場は縮小に歯止めがかからない (1980年代の約8割減)
  • ヤマハ発は台湾工場から輸入しているスクーター約5万台/年の生産をホンダの熊本製作所に移す
  • ヤマハ発は二輪車需要が旺盛な東南アジアやインド、パキスタン、アフリカといった新興国各地に生産や販売拠点を設けていく
  • 宅配に使う業務用の50ccスクーターの次期モデル、および電動バイクをヤマハ・ホンダで共同開発する

5日の時点では、(また日経のトバシ記事かな)なんて疑いも少しはあったが、6日の朝刊では3面の半分弱を使って、5日に行われた記者会見で、ホンダ・ヤマハから正式に発表された内容が詳細に伝えられた。

四輪 (クルマ) と違って、二輪に関する記事が日経新聞に載ることなどめったにないのに、(3面とは言え) 総合面の半分近くを使って、デカデカと二輪の、しかも原チャリに関するニュースが伝えられたのは、それだけ大きなインパクトがあったからだろう。

キーワードはやはり「HY戦争」だ。

6日の3面では、「『HY戦争』因縁の2社」と題して、囲み記事で解説する年の入れようだった。そこで紹介されたのは、こんな話だ。

   記者会見でヤマハ発の渡部克明取締役は「私が入社したのはHY戦争で負けた年。5%減俸になった」と当時を明かした。現在は「HY戦争によるしこりやわだかまりはもう無い」と話す。

- 2016年10月6日(木) 日本経済新聞 3面

そりゃあ取締役にまで上り詰めたような「勝ち組」には、今さら何のわだかまりもないだろうが、そうでない「負けた」人達はどうなんだろうか。やっぱり今でも「ホンダ憎し」の念を抱いてるんじゃないのだろうか。だって、「5%減俸」って相当なもんだよ・・・と、落ちこぼれリーマンの私なんかは思ってしまうが、もう30年以上も前の話なので、そもそも「負け組」は、既にほとんど会社に残っていないのだろう。

「敗戦後の日々」を笑って受け流せる勝ち組が経営の中枢を握り、「戦争を知らない子供たち」が実働部隊の中心になるに至って、今回の提携話もスムーズにコトが進んだのだろう。

 

需要がある限り、原チャリは売らねばならぬ

5日の記者会見を受けて、日経新聞以外のメディアでもこのニュースは採り上げられた。中でも「ITmedia ビジネスオンライン」に掲載された記事は、日経新聞よりも詳しくこのニュースを解説していた。

www.itmedia.co.jp

この記事によれば、「勝ち組」渡部克明・ヤマハ発動機取締役は記者会見で

   (50cc原付は) 日本とEUしか市場はないが、2輪車へのエントリーとしても存続させたい。〔中略〕 
国内の50cc原付は2輪車へのエントリーとして非常に重要だ。なんとか残したいという思いだ。

「HY戦争」今や昔 “ライバル”ホンダとヤマハ発の提携、両社首脳が語ったこと - ITmedia ビジネスオンライン

と語ったそうだ。

無知な私にとっては、「原チャリがヨーロッパでも売られていた」という事実も驚きだったが *1、ヤマハの取締役が「原チャリをなんとか残したい」と語ったことにも驚いた。私は(原チャリはそのうちなくなるんだろうな)と思っていたからだ。

まあ「二輪のエントリーとして重要だから」ってよりも、「激減したとは言え、まだ二輪車販売台数の半分は原チャリだから」ってのがホンネだと思うが。

ところで、この「ホンダによるヤマハの原チャリOEM」は、四輪各メーカーのOEMでよく見られる「バッジエンジニアリング」ではなくて、専用デザインを纏うそうだ。

   今回、ヤマハ発が販売する50ccスクーター「ジョグ」「ビーノ」2車種について、ホンダが「タクト」「ジョルノ」をベースに生産することを検討している。ヤマハ発専用のデザインとする方向だ。

- 2016年10月6日(木) 日本経済新聞 3面

原チャリのカウルなんて、安モンの合成樹脂だから専用デザインも容易だろうが、さすがに灯火類の位置まで変えるのは難しいんじゃないだろうか。

つまり、現行の「ホンダ・タクト → ヤマハ・ジョグ」はちゃちゃっと造れそうに見えるが、

▼左:ホンダ・タクト 右:ヤマハ・ジョグ
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「ホンダ・ジョルノ → ヤマハ・ビーノ」は、現行のデザインのまんまでは厳しそうなので、コンセプトの変更が必要だと思われる。

▼左:ホンダ・ジョルノ 右:ヤマハ・ビーノ
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こっち▼(ホンダ・ジュリオ) だったら近かったのに。
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画像出典:ホンダ ジュリオの車両情報を見る - ES Bike | 新車・中古バイク検索サイト ウェビック

しかしまあホンダって二輪メーカーは、いろんなモン造ってるねえ・・・。 

開発力でも販売網でも圧倒しているホンダとの「勝負の舞台」から降りて、「二輪業界第2位」というプライドを捨ててまで、そのホンダが造った50ccスクーターの“ガワ”だけを変えて、ヤマハは売り続けるしかない。

今はまだ50ccスクーターに、需要があるからだ。 f:id:ToshUeno:20150620154701j:plain
(▲いつの時代も「我が道を行く」路線を貫くスズキは、はたしてどう出るのか?)

 

「普通自動車免許で125ccクラス」も実現が近い?

そんな苦渋の決断をしたヤマハの渡部取締役が、ホンネを語っている。 

   もっと125ccの免許を取りやすくして、シフトしていく流れが望ましいのでは。(渡部克明・ヤマハ発動機取締役)

「HY戦争」今や昔 “ライバル”ホンダとヤマハ発の提携、両社首脳が語ったこと - ITmedia ビジネスオンライン

「シフト」とは、「50ccから125ccへ移行」ということだ。「50ccクラスなんて (道交法上は) 存在意義のない乗り物は、とっととなくなればいいのに」とおっしゃっているわけだ。 

50ccクラスの販売台数は、ピーク時の10分の1にまで落ち込んでいるそうだが、このままヤマハが製造をやめて、ホンダとスズキの2社だけが残ることになれば、さらに台数は減っていくことだろう。

そうなると、渡部取締役が代表して“願望”を表明されているとおり、二輪業界の方々の「規制緩和」待望論が引き金となって、よもや「普通自動車免許で125ccのオートバイまでオッケー」なんてことになるかもしれない。ああ、恐ろしや。

これ▼は「50cc  バイク ヨーロッパ」でググって、たまたま見つけた記事だ。

www.madameriri.com

「フランスではほぼ無免許で50ccクラスのオートバイに乗れるが、リミッターを解除したオートバイでの事故が急増した」ってなことが書いてある。

このフランスの例と日本の規制緩和は諸条件が当然違っているが、「125ccは50ccより全然パワーがある」ことに鑑みれば、参考になる事例ではある。安易な規制緩和によって、125ccのオートバイで命を落とす人が増えないことを祈るばかりである。 

 

もうオートバイにはおっさんしか乗らない、それなのに

さて、5日の日経新聞朝刊では、「きょうのことば」欄に「国内の二輪車市場 80年代の8割減に」というグラフ付きの解説記事も載った。

   国内市場の主役は若いときに二輪車に親しんでいた中高年が再び乗り始める「リターンライダー」に移っている。二輪車所有者のうち40代以上が約8割を占める。

- 2016年10月5日(水) 日本経済新聞 3面

「オートバイに乗るのはおっさんばかり」というのは周知の事実だが、「40代以上が8割も占めている」・・・よもやそこまで、コトが進んでいるとは知らなかった。もちろん私も、その8割の方に含まれているのだが、そんなに若いヤツが乗ってないもんかな?

というのも、巷で見かける違法改造車に乗っているのは、やっぱりガキが多いように思うからだ *2

若者のクルマ離れ」は、確かに若年層の所得が伸びていない影響も少なからずあるのだろうが、クルマほど値が張らないオートバイからも若者が離れてしまったのは、例えば尾崎豊の世界に見られる「オートバイ=反体制の象徴」みたいな陳腐なイメージを放置して、「カルチャーとしてのオートバイ」を醸成する努力を怠ってきた二輪業界にも、責任の一端はあるだろう。

憐れなガキどもは「世間のツマハジきモノな自分」に酔っているだけで、オートバイが好きなのではない。いっときの「反体制ごっこ」に飽きた彼らは、この不便極まりない乗り物に見向きもしなくなるのがオチだ。

オートバイというすばらしい乗り物が、これからもこの国では「他人に迷惑をかける行為にしか自己認識の手段を見出せない憐れなガキども」にしか受け入れられないのであれば、われわれおっさん世代が死滅した後には、原チャリはおろか、二輪メーカーが今後主軸を置くであろう中型や大型二輪さえも消え失せ、忘れ去られてしまうだろう。

 

*1:5日の日経朝刊にも「日本独自規格である排気量50ccのスクーターについて」との記述がある

*2:たまに、どう見ても30過ぎにしか見えないヤツが混じっていて、(いいトシこいて恥ずかしくねえのかな)なんて苦笑することもあるが