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人生は潮の満ち引き

生活


 

バース・デイ (TBS) を視て“勝ち負け”を知る

テレビをつけたら、たまたま「バース・デイ」というドキュメンタリー番組が流れていた。

2016年1月9日の放送分は、中村恵吾という福岡ソフトバンクホークスに育成選手として25歳で入団し、たった1年で戦力外通告された選手を採り上げていた。

中村恵吾選手がトライアウトを受けるために練習しているとき、今をときめくザ・トリプルスリー=柳田悠岐選手に声をかけられ、励まされるシーンが映し出された。ふたりは田中将大・前田健太両投手に代表される88年組 (ハンカチ世代) の同級生で、何度か食事も共にした、と紹介されていた。

私などは根っからのヒネクレ者なので、「年俸2億7000万円の選手が、

その100分の1に毛が生えたぐらいの年俸 *1 の育成選手に、ホントに普段から声かけたりしてたのかよ? “テレビ向け”なんじゃねえの?」と思いながら視ていた。

そして、そんな私の訝りを裏付けるかのように、背番号「136」の中村選手に対して、柳田選手の背番号「9」がやたらと大きく見えた。制作した人達も、あえてそういう表現を狙ったのだろうが。

一億総中流」なんてことを言われた時代もあったこの国において(もちろん現代はれっきとした「格差社会」ではあるが)、プロ野球選手ほど(試合のことではなくて選手個人個人の)勝ち負けがハッキリする世界もないだろう。

 

フェルディナント・ヤマグチの記事で“負け”を痛感する

クルマ好きなら知っている人も多いだろうが、「フェルディナント・ヤマグチ」というフザけたペンネームの、主にクルマ関連の記事を書いているコラムニストがいる。 

日経ビジネスオンラインの「フェルディナント・ヤマグチの走りながら考える」という一連のコラムでは、その記事で採り上げられるクルマのことが知りたい読者を嘲笑うかのように、最初のページで自分のプライベートでの「リア充ぶり」を公表する。そんなの、てめえのFacebookだけでやっとけって。

そして肝心のクルマに関する話の中にも、ハシバシに出てくる鼻につく表現の数々。

 

拙宅も生憎都会から深夜料金で5000~6000円程度の距離ですから、あまり太い客ではない。 

 

私の周囲の奥様連にも、Gを乗り継いでいる方が何人いらっしゃる。いわゆるママ友つながりにもGのオーナーは複数いる。 

 

このG350、あまりにも良かったので本当にオーダーしちゃいました 

- 以上いずれも引用元は「有閑夫人の告白。私、やっちゃいました:日経ビジネスオンライン

ちなみに「G 350 d」はGクラスの中で最廉価とは言え、それでも車両価格1,070万円(消費税込)である。

ご本人は自慢のつもりなんてサラサラなく、この感覚がフツーだと思っているのかもしれない。そもそもこういう表現を黙認している日経BP社自体が、「Gクラスをポンと買える層」しか相手にしていないのかもしれない。

いずれにしてもこの人の記事を読んでいると、自分が「負け組」であることを痛感させられ、心が沈むのだ。

それでも悔しいかな、記事そのものはとてもおもしろいので、また読んでしまうのである。

 

そして、さだまさし「転宅」を思い出す

自分が「負け組」であることを思い知らされるとき、いつも思い出す曲がある。
さだまさしの「転宅」という曲だ。

この曲を初めて聴いたのは、「帰去来」というさだまさしのソロ1枚目のアルバムを、ナケナシの小遣いで買った小学6年生の頃だ。 

帰去来

帰去来

  • アーティスト: さだまさし,渡辺俊幸
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当時私は、(夫婦仲は悪かったが)あたたかな親の加護に包まれた、ただの田舎のクソガキであった。そして当時は、「勝ち組」「負け組」なんて表現もなかった。まさに「一億総中流」なんてことが言われていた時代であった。

 

親父が初めて負けて 大きな家を払った

- さだまさし「転宅」

この目的語を省いた歌詞の意味が、当時はまったくわからなかった。「『負けて』って、何に負けたんだ?」と。

そして二番の歌詞にも、また同様の表現が出てくる。

 

ひとつ覚えているのは おばあちゃんが我が子に
負けたままじゃないだろうと 笑い乍ら言ったこと

- さだまさし「転宅」

  • 負けて=事業に失敗して
  • 負けたままじゃないだろう=いつかまた事業が盛り返すだろう

という意味だと理解できたのは、随分後になってからだった。

つまりこの曲は、「さだまさしの親父さんが事業に失敗して豪邸から貧乏長屋に引っ越し、その後事業が持ち直してまともな家に引っ越した」という実話を元にして、「人間万事塞翁が馬」を住居の移り変わりに置き換えて表現した曲なのだ。

 

人生は潮の満ち引き
来たかと思えば また逃げてゆく
失くしたかと思えばまた いつの間にか戻る

- さだまさし「転宅」

「人生は潮の満ち引き」か・・・

私の人生のは、ずっと引きっぱなしである。引きっぱなしのまま、気づけばもう今年は齢49になる。いよいよ50代まで、あと1年である。

はたしてこの後、が満ちることはあるのだろうか。
というか、どうすればを満たすことができるのだろうか?

いまだにそれがわからないまま、今年もはや一週間が過ぎてしまった。

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*1:中村恵吾選手の2015年の年俸は400万円