「あんなにコワイと思ったことはない」という話
人によっては不謹慎だと思われるかもしれないが、もう随分昔の話だから誤解を恐れずに書いてしまおう。
今週のお題「ゾクッとする話」
私は19歳で上京してしばらく、兄貴とふたりで東京郊外のアパートに住んでいた。
いっしょに生活する前、私がまだ田舎にいて兄貴だけが上京していた頃は、たまにしか会わなかったせいかとても仲が良かったが、二人だけで生活し始めると(こう書くと何か男と女みたいだが(笑))お互いに不平・不満が噴出して、ケンカばかりするようになっていた。
いつしか生活のサイクルもズレて顔を合わせることも減り、たまに顔を合わせても会話をすることもほとんどなく、夏風邪をひいて40度近い熱が出た時さえ、意地を張って助けも求めない、そんな有り様だった。
ヘビの置物
そんなある日、兄貴からヘビの置物をもらった。
つきあい始めたばかりの彼女に、「浪人中の弟さんにあげて」と預かったのだと言う。
出典:【干支 巳 置物】 開運招福、打ち出の木槌巳 朱(常滑焼)12:ていちゃんの植木鉢屋さん
色はこれ▲に近いが、カタチがもっとシンプルで、ヨコから見ると正方形に近い感じのヤツだった(似たような画像が見つけられなかった)。
置物には、長い手紙が添えられていた。ワケあって(※後述) 手元にないので確認はできないが、「○○の弟さんだからきっとステキな人だと思う*1」「受験勉強がんばって!」みたいな内容だったと思う。
高校も男子校だったし、上京してからも予備校と図書館とアパートの往復だけでオンナっ気なんてあるはずもないので、兄貴の彼女とは言え、女性からの手紙はうれしかった。
でも、ヘビの置物は、正直なんだかキモチ悪かった。
突然の電話
ある日、ひとりでアパートにいる時、電話が鳴った。1980年代後半、庶民にはケータイなんて普及していない時代である。
電話の向こう側からは、ひどく冷静な感じのオトナの男性の声が聞こえてきた。医者だと名乗るその男性は、私が何者であるかを確認した後、
「これから話す内容は非常にショッキングかもしれませんが、落ち着いて聞いてください。」
と、まだ10代の小僧をビビらせるにはじゅうぶんな前置きをカマしてから、本題に入った。
「お兄さんと今おつきあいしている女性がいると思いますが、彼女は先日、精神病院を一時退院したばかりで、他人と接してはいけないのです。」
「もし、電話が来たりしても絶対に話したりせず、一切接触しないようにしてください。」
電話の後、私は急に怖くなって、思わずヘビの置物を捨ててしまった。もらった時はとてもうれしかった、長い手紙といっしょに。
誤解されるのは本意ではないので念のため断っておくが、
人間の心が抱える”闇”のようなものを唐突に知らされたことで、恐怖を感じたのだと思う。男性の静かすぎる語り口が、それを一層増幅させていた。
ヘビの祟り
それから30年近い歳月が流れた。
あの電話のことを思い出すと、今でも背筋がゾクッとする。さんざん生きてきたが、あの電話を除いて「ただ話を聞いただけで」恐怖を感じたことは一度もない。
そして、それからの人生、結局大学にも入れず、仕事もことごとくうまくいかず、齢50近い今でも未だにペーペーで、安月給でヒーヒー言っている。ふりかえればロクなことがなかった。
そして、時々思うことがある。「これはヘビの祟りなのだろうか」と。
こっちの方が、よほどコワイ話かもしれない。
*1:私は彼女に一度も会ったことはない