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「Honda Collection Hall」に行ってきた:二輪市販車篇(1):転機となった3台

オートバイ 博物館

Honda Collection Hall」を訪れてから、はや1週間と3日が過ぎてしまった *1。というのに、ようやく今回でメインの展示物に話が及ぶ。まだまだ先は長い。

が、アクセス数はまったく伸びていない。「はてなブログ」のコミュニティに参加していない私の場合はアクセス数だけが心の拠り所なのだが、「Honda Collection Hall」なんて真新しさもないし、ネタとしてはいまいちなのか・・・。とは言え、今さらヤメるのも何だかキモチ悪いので、ガマンして書き続けよう。



 

スッキリとした展示方法に感心する

ホンダと同じく、二輪と四輪両方を製造するメーカーであるスズキが擁する「スズキ歴史館」が二輪・四輪を雑多にゴチャッと並べてあるのとは対照的に、「Honda Collection Hall」は

  • 2階南棟=二輪市販車
  • 2階北棟=四輪市販車
  • 3階南棟=二輪レース車
  • 3階北棟=四輪レース車

キッチリと区画を分けて、かつ整然と展示してあるのが印象的であった。f:id:ToshUeno:20160212134103j:plain

浜松市の市街地/住宅地にある「スズキ歴史館」と、栃木のまんま山の中にある「Honda Collection Hall」とを比較するのはスズキには酷かもしれないが *2、「博物館としてどちらが見やすいか」と問われれば、100人中100人が迷わず「Honda Collection Hall」と答えるだろう。f:id:ToshUeno:20160212141133j:plain

こちら▼は「スズキ歴史館 (撮影日:2015年6月19日)」。f:id:ToshUeno:20150619152213j:plain
「雑多」は言い過ぎかもしれないが、二輪・四輪が規則性なく *3 並べてある展示方法は、決して見やすいとは言えない。

特に二輪の展示方法については、訪問当時の記事▼にも書いたが一部の車種は重なるように並べてあって、写真を撮るのも一苦労だった。

toshueno.hatenablog.com

そして、平日の16時近くということで私以外の来客はなく、営業時間中にもかかわらず人間がいないスペースの照明がいきなり落とされたのにも驚いた。f:id:ToshUeno:20150619155826j:plain
「省エネ」はわからなくもないのだが、(何もそこまでしなくても(笑))と、スズキ車オーナーのひとりとして、ちょっと寂しくなった・・・おっと、今回は「スズキ歴史館」の話じゃなかった。閑話休題。

 

転機となった3台

「2階南棟=二輪市販車」展示ゾーンに一歩足を踏み入れると、 ホンダが各時代で生み出し、自らの転機となった3台のマシンが出迎えてくれる。

自転車用補助エンジン (1946)

まずは、透明のプレート *4 に記されているとおり、「ホンダの原点」である補助エンジンである。
f:id:ToshUeno:20160212134117j:plain
背景と同化してしまって若干見えにくいが *5、これはエンジンが主役であって、実用チャリンコはあくまで脇役である。

日経新聞「私の履歴書」に本田宗一郎氏自身が書いているように、

bizacademy.nikkei.co.jp

 

織機をあきらめて考えついたのがモーターバイクであった。戦争中、軍が使用していた通信機の小型エンジンが付近にゴロゴロしていたのを安く買い集め、それを、自転車につけて走らせたのだ。

ところがこれがたいへんな評判になった。何しろ交通機関は混乱状態、汽車もバスもその混雑ぶりはいまでは想像もできぬほどだったから、各地の自転車屋さんとかヤミ屋が買いに来て飛ぶように売れた。

第9回 バイクからオートバイづくりへ(上) - 私の履歴書 復刻版 本田宗一郎:日経Bizアカデミー

この「自転車用補助エンジン」が売れたからこそ、本田宗一郎氏は次のステップ=「自社エンジンの開発」へと歩みを進めることができたわけだ。

上記で引用した「私の履歴書」には、「自動織機の生産がうまくいかなかったからモーターバイクに目を向けた」とあったが、戦前・戦後にかけて自動織機で大成功を収めていたスズキ *6 に対して、自動織機では失敗したホンダの方が、いまや二輪四輪ともにシェアで圧倒しているという事実は、非常に興味深い。

ホンダ スーパーカブ C100 (1958)

そして1階ロビーに続いて再び登場する、初代スーパーカブ「C100」。f:id:ToshUeno:20160212134126j:plain

1950年代当時、雨後の筍のように現れた二輪メーカーの中からホンダが頭ひとつ抜きん出た存在になり得たのは、このスーパーカブの存在があったからこそであり、初期型の登場から60年近く経とうとしているというのに、基本構成を大きく変えずに未だに世界中で売れ続けているということは、「当時の設計思想がいかに優れていたか」という証左でもあるだろう。

ホンダ ドリーム CB750 Four (1969)

「並列4気筒OHCエンジン」「高剛性ダブルクレードルフレーム」「前輪ディスクブレーキ」などの豪華装備を奢ったこの(当時の)モンスター・マシンによって、ホンダの大型二輪市場における世界的な地位は確立されたのである。
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このマシンを見た本田宗一郎氏が、「こんなデカいの誰が乗るんだ!?」と言ったとか言わなかったとか *7
まあ、これより全然大きいマシンを見慣れた現代人にとっては、「ヨンヒャクよりちょっと大きいぐらいかな」程度の大きさではある。
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(それにしてもこのカラーリングはキレイだ・・・)

「スーパーカブ」で世界への足掛かりをつかみ、「CB750 Four」で世界を制した。

絶え間ない「技術革新への挑戦」がホンダを世界の頂点へと押し上げたわけだが、ただそれだけでなく、「国産二輪車の歴史を塗り替えた」と言って差し支えないこの2台を、自社の博物館に誇らしげに並べることができるホンダというメーカーは、やはり偉大だと思うのである。

(つづく)

 

*1:書き始めた時は1週間だったのが、なかなか書き進められず、あっという間にさらに3日経ってしまった・・・ってどうでもいいか

*2:しかもクルマだと実質2,000円の「Honda Collection Hall」に対して、「スズキ歴史館」は無料である

*3:いちおう時系列にはなっている

*4:この、極力展示物を邪魔しないように配慮した透明のプレートにも感心した

*5:こういう場合は、コンデジなんかじゃなくてちゃんとしたカメラで背景をボカしたいところだ

*6:「スズキ歴史館」には「これでもかっ!」ってほどに多くの自動織機が展示してあるが、はっきり言って全然オモシロくない

*7:出典元は不明だが雑誌等で何度か目にしたことがある