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Honda Collection Hall 訪問記・四輪レース車篇(2):2000年代のF1マシンとその他の四輪レーサー

いよいよオーラスを迎える、「Honda Collection Hall (以下“ホンコレ”)」訪問記。書き始めた時点で長くなるとは思ったが、よもや4月まで書き続けるとは思わなかった。 

toshueno.hatenablog.com

私が「ホンコレ」を訪れた2016年2月12日、「ツインリンクもてぎ」の周辺にはまだ残雪があって、コワゴワとクルマを走らせた *1 ことはまだ記憶に新しい。
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そんな栃木県芳賀郡茂木町も、きっと今頃は春の訪れを迎えていることだろう。



 

ホンダF1第3期のマシン

ホンダのF1第3期は、2008年の金融危機に起因する撤退こそ大々的に報道されたのでよく覚えているが、その活動そのものは、わりと最近のことにも関わらずレースに興味がない私には馴染みの薄いものであった。

だからこの記事を書くに当たって当時の記事のいくつかを読んでみたのだが、第3期の活動は、どうやらパッとしないものだったようだ (▼参考記事)。

www5.nikkansports.com

私のような人間に馴染みがないのも、当然のことなのかも知れない。それにしても、「日刊スポーツ」によるこのコラムサイトの読みにくさはヒドイ。新聞社のくせにこんなサイトを公開していて、恥ずかしくないのだろうか?

ジョーダン Honda EJ12 (2002) 

佐藤琢磨という人は、この時期 (2000年代初頭) 華々しくメディアに採り上げられたので私でも名前と顔ぐらいは知っているが、いまやプラグのCMぐらいでしか顔を見ることはなくなってしまった。でも39歳になる今年も、現役でインディカー・シリーズに参戦しているそうだから、彼の地ではがんばっているのだ。メディアももっと採り上げてあげればいいのに。

f1express.cnc.ne.jp

これは▼そんな佐藤琢磨が、F1で初めて5位に入賞したときに駆っていたマシン。f:id:ToshUeno:20160212152904j:plain

B・A・R Honda 006 (2004)

佐藤琢磨が初の表彰台 (3位) に上がったときに駆っていたマシン。
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小さいウイングがサイドにたくさん付いているのが印象的だった(こういう意匠をぜんぜん知らなかったので)。

Honda RA106 (2006)

ホンダが完全なワークスチームとしてF1に参戦した2006年シーズン、ジェンソン・バトンによって第3期の初優勝を飾ったときのマシン。f:id:ToshUeno:20160212152948j:plain

Honda RA108 (2008) 

フロントウイングの摩訶不思議な形状と、フロントノーズ上にくっついた、これまたヘンな形状のちっちゃなウイングが目を惹いた。
(現代のF1マシンはこんなことになっていたのか・・・)「無知」というものは、ときに新鮮な驚きをもたらすものである。f:id:ToshUeno:20160212152955j:plain

「earthdreams」はスポンサー名ではなくて、環境問題に対するホンダの姿勢を表現した、いわゆるキャッチフレーズである。
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言われてみれば、(フロントノーズに小さく貼られたブリヂストンのマークを除いて)スポンサーロゴは排除され、地球のイメージがサイドに大きく描かれている。f:id:ToshUeno:20160212153026j:plain
ま、これ▼を読むまでは、そんなことぜんぜん気づかなかったのだが(笑)。

 

インディカー 

「インディ」ってのはアメリカローカルかと思っていたら、一時期 (2003~2011) 日本でも開催されていたそうだ。確かにレース中継をチラ見したような記憶もある。ま、この国もアメリカ合衆国の属国みたいなものだから、アメリカンなモータースポーツが自然に開催されて、いつの間にか開催されなくなっても不思議ではない。

そんなインディ用のマシンも、隅ッコに2台だけ展示されていた。

レイナード96Iホンダ (1996)

真っ赤なボディに黄色のラインが入った、ド派手なカラーリングのワリに、3階北棟フロアのいちばん隅ッコにヒッソリと展示されているせいであまり目立たない悲運の(?)マシン。
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ホンダがインディカー・シリーズに参戦して3年目、最初に成功した年のマシンだそうだ。そのワリには、「ホンコレ」での扱いは地味すぎる。

パノス Gフォース GF09B Honda (2004)

情報源として頼りにしていた「Honda Racing Gallery」になぜかエントリーされていないので、このマシンの詳細はよくわからない。サイドからの写真に写し込んだはずの説明書きプレートも、文字が潰れて「Honda勢が上位を独占」ぐらいしか読めなかった。
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現地で(なんかヤケにデカいなぁ)と思ったのでディメンションを確認してみたら、「マクラーレン ホンダ MP4/7A」の

  • 全長×全幅×全高 4496×2120mm×990mm
  • ホイールベース 2974mm

に対して、

  • 全長×全幅×全高 4877×1968mm×965mm
  • ホイールベース 3048mm

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だった *2。さすがに38cmも全長が違うと、私ごときでも気がつく。

 

NSX三変化

ボディカラーとスポンサーロゴ以外の、ビミョーな違いを見つけてみよう。

ホンダ NSX ルマン24時間耐久レース仕様車 (1995)

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ホンダ NSX GT選手権仕様車 (1997)

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ホンダ NSX GT選手権仕様車 (2000)

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量産車レーサー 

HONDA S800 (1968)

エスハチのレーサー。その小ささゆえ、隣のシビックがまるで巨大なSUVのように見えるのが笑える。
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この時代のこの小さな排気量で、100馬力以上の出力を発生させていたというのだからスゴい。
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ネタ元はやはり、この▼サイト。それにしても本当にデキのいいコラムだ。

ホンダ MOTUL 無限 CIVIC (1987)

このクルマは、何度か運転したことがある。
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GT5」で。・・・というありがちなネタとともに、この「長期連載」をあっさり締めくくろうと思う。

(以上敬称略)(この項おわり)

 

*1:当然履いていたのはサマータイヤなので

*2:情報源は「G-Force GF09 - Wikipedia, the free encyclopedia