ヤマハ・コミュニケーションプラザに行ってきた:その4

ヤマハ発動機(株) (以下「ヤマハ」) の企業ミュージアムである「コミュニケーションプラザ」訪問記の4回目。ヤマハの歴史の多くを占める、二輪市販車について書く。ここを訪れた主な目的は「魅力的な旧車を拝むこと」だったが、展示車の数があまりにも少なくて・・・。



 

初代VMAXがない!

どのメーカーにも「代表車種」というものがある。そのメーカーのイメージを体現したり、一時代を築いたりしたマシンだ。

ホンダなら「CB750FOUR」「CB400FOUR」「CBX」、スズキなら「RG250Γ」「GSX1000S KATANA」「Boulevard M109R」、カワサキなら「Z1」「Z2」「GPZ900R」などだろうか。なに、「M109Rなんて誰も知らねえだろ」って?ふむ。ま、私がこよなく愛するマシンなので、どうか大目に見て欲しい。

ヤマハと聞いて私が想起するのは、「SR400」「RZ250」「VMAX (初代)」あたりだろうか。なかでも初代VMAXは、所有したことも跨がったことさえもないものの、VFR400Zに乗っていたガキの頃 (1980年代後半)、「シグナルダッシュで見せつけられた圧倒的な加速力への嫉妬」と、「限定解除したくてもできなかった自分への歯がゆさ」というセンチメンタルな記憶とシンクロして、忘れられない1台である。

その斬新なコンセプトや車体構成に加えて、20年以上のロングセラーであったという事実を踏まえれば、ヤマハ的にも、ひいては二輪業界的にも絶対に外せないマシンだと思うのだが、展示スペースの都合上なのか、私が訪れた2016年12月2日には展示されていなかった *1

興味を持って見る人が1日当たり1人もいないであろう、ボートやジェットスキー *2 をどかしてでも、常設の特別ステージ上に初代VMAXを展示すべきだろう。

 

「ヤマハと言えば・・・」の市販車3選

SR500 (1978)

「SRなんてどこでも見られるだろ」というツッコミは、無粋というものである。この展示車両は、絶版となって久しく *3、もはや街中では滅多にお目にかかれない「500cc」なのだ。
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ま、400も500も、見た目はほぼいっしょなんだけど。

それにしても400ccの方は、1978年から2016年の現在まで、ほとんどモデルチェンジせずに造り続けられているという事実は何よりもスゴい。もし再来年まで生産が続くなら、なんと40年である。1メーカーによってこれだけ長く生産・販売されているという意味では、唯一無二の存在といっていいだろう。

地味で目立たないオートバイだし、私などは信号待ちで並んでも(なんだSRか)なんて思ってしまうのだが、そういう存在であることが逆に、長く愛され続ける所以なのかも知れない。

RZ250 (1980)

泣く子も黙る、レーサーレプリカの「祖」=RZ。 このマシンがなければ、RG250ΓもNSRも生まれなかった (かも知れない)。
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私は「行きつけのバイク屋で一番安かった」と言う理由だけで「RZ250R」を所有していたことあるが、軽薄な乗り味がどうにも好きになれず、ろくに乗りもしないうちに放置車両化したあげく、しまいには「引取価格=ゼロ円」で売っ払ってしまった (タダだから「売った」とは言えないが)。だから覚えているのは、アクセルを開けたとき、後方にモウモウと立ち込める白煙ぐらいである。

2ストロークエンジンが、この世界に姿を見せることはもう二度とないだろう (メーカーも、そんなものの技術革新に貴重なリソースを割かないだろうし)。

人々の記憶に残る2ストマシンの跳ねるような加速は、80年代バイクブームの残像とともに、白煙の向こう側に消え去ろうとしている。

Passol (S50) (1977)

パッソルである。八千草薫である。「ヒザを揃えて乗れるんですよ」である。
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原チャリが激減した」などと喧しい昨今だが、原付2種で駅まで毎日通勤していると、(なんだ、原チャリ全然減ってねえじゃん)と思う。そう、このパッソルやホンダ「ロードパル」が先鞭を着けた「ソフトバイク(笑)ブーム」の頃が異常だっただけで、今ぐらいの数が“適正”なのかも知れない。

「当該ブーム当時、チャリンコにもまともに乗れない主婦達がこぞってロードパルやパッソルに乗り始めた結果、事故が急増した」なんて話を雑誌か何かで昔読んだような気がするのだが (今となっては出典がわからないし、ググってもそれらしき話はヒットしないので真偽の程は不明)、その原チャリに取って代わったのが、ヤマハ「PAS」に代表される「アシスト付きチャリンコ」である、というのも不思議な話ではある。「昔に比べて、チャリンコに乗れる人が増えた」ということなのだろうか。

まあでも、原チャリなんて“不合理”なモノに乗るぐらいなら、アシスト付きチャリンコの方がまだマシだと私も思う。

 

エポックメイキングな3台

GTS1000A (1993)

まず、写真ヘタクソですみません。今回は買ったばかりのPanasonic「DMC-LX9」を使用したのだが、どうもモニターに表示された映像と実際の画像とで、写る範囲が違うような・・・後でトリミングしなくてもいいようにマシン全体ギリギリを狙って撮った写真は、どれも上下が切れてしまった。閑話休題。
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「GTS」というと、おっさん的には昔のスカイラインのグレードを思い出すのだが、今日日はポケモンのなんちゃらシステムのことを指すそうだ。「ポケモン」にも「ポケモンGO」にも、カケラほどの興味もないのでどうでもいいが *4、時代が変われば、その言葉が示す意味も変わるものである。

そんな、「GTS」の3文字で連想される対象に (ごく一部の人達を除いて) なり損ねたマイナーマシン、GTS1000Aである。その存在はもちろん知っていたが、実際のモノを見たのは今回が初めてであった。 

先ずもって、「フロントフォークがないオートバイ」というのは、これだけ・・・あ、Bimotaのヤツとかあるのね (それにしても「税込5,378,400円」って・・・)。ちゃんと調べてみるもんだなあ・・・。 f:id:ToshUeno:20161202125113j:plain パッと見た限りでは、いかにもハンドリングが重ったるそうで、パワステがない頃のクルマみたいな、“重ステ”的な印象を受けるのだが、どうなんだろう。

モデルチェンジもせず後継車種もなく、これ1代でヤメてしまったということは、「コンベンショナルなテレスコピックフォークよりも明らかにかかるであろうコストに見合うだけの効果は得られなかった」ことだけは確かなようだ。

YZF-R1 (1998)

個人的に、1990年代後半というのは毎日毎晩酒ばかり飲んでいて、もっともオートバイから遠ざかっていた時期であった。上述のRZRはとうに手放して、生活からオートバイが無くなっていただけでなく、ニューマシンの情報にもすっかり疎くなっていた。

global.yamaha-motor.com

だから、「スーパースポーツ」というジャンルにこんなにスタイリッシュなマシンが登場していたとは、当時はまったく知らなかった。私の中のスーパースポーツは、“ザ・スパルタン”なCBR900RR (ファイヤーブレード)で止まっていたのだ・・・って、そんな私のヨタ話は置いといて・・・
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1階フロアにあった2016年版R1Mと比べてしまうとさすがに若干古くさいが、そのカッコ良さはまだまだ健在である。 

XV1900CU (年式不明)

その美しいビジュアルについ見とれてしまって案内板をチェックし忘れたため、さらにコミュニケーションプラザの展示車ラインナップにも記載されていないため (こういうところがダメだよなあ・・・)、年式がわからない。
f:id:ToshUeno:20161202125419j:plainとにかくクルーザー乗りとしては、このテのハイパフォーマンス・クルーザーが展示されているというだけでうれしかった。スズキ歴史館にもHonda Collection Hallにも、コレ系のクルーザーは展示されていなかったからだ。
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“エポックメイキング枠”に入るかどうかは微妙だが、クルーザーの世界に精緻で丁寧な造り込みをもたらしたという点は特筆すべきだろう。

ま、空冷Vツインを始めとするマシンの成り立ちだけを捉えて、H-D乗りの一部からは“パクリ”呼ばわりされるのだろうが、そこにはいくらかの嫉妬心が垣間見えるのも、また事実である。

(つづく)

 

*1:コミュニケーションプラザ「展示コレクション」の中には含まれているので、タイミングによっては展示されるはずだ

*2:「ジェットスキー」というのはカワサキの登録商標で、ヤマハでは「マリンジェット」と呼んでいるということを今初めて知った。私のみならず、世間一般でも圧倒的に「ジェットスキー」だと思うのだが、これはカワサキの方がシェアが高いということなのだろうか。ま、まったく興味はないので調べないが。

*3:2000年に生産中止

*4:「ポケモンGO」のように、やらない人達にとっては“害悪”でしかないゲームが、堂々と世間に流布してしまう現状は嘆かわしいばかりだ